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「DIO。 明朝、盗賊狩りに行くわ。 もちろんあなたにもついて来てもらうから、 準備して…おきなさ………はぁ……」 自室に戻るや否やの命令だったが、ルイズは途中で激しく勢いを削がれてしまった。 ため息を止められない。 DIOは夕食を取っていた。 ルイズの部屋の、ルイズの机で。 「食事中だよ『マスター』。 何だ、帰ってこないと思ったら、いきなりそれか。 事情だけでも聞かせてはもらえないものかね……」 DIOは口を拭き、ナイフとフォークを、ルイズの机兼ディナーテーブルの上にある皿に置いた。 いつもルイズが物を書く時に使っている机なのだが、 今は純白のテーブルクロスが掛けられており、 料理が盛り付けられた皿と、ワインが並べられている。 何故かシエスタが部屋にいて、給仕をしていた。 香しい匂いが漂い、ルイズは思わず唾を飲み込んだが、直ぐに怒りがそれをかき消す。 ルイズの顔面に、青筋が浮き出た。 ルームサービス? 相変わらずの傍若無人っぷりだ。 こちとら一日中飯抜きなのよ、ふざけんな。 「DIO! このアンポンタン! 御主人様の机を、勝手に使うんじゃないわよ!」 "ドン!"と床を踏み鳴らすルイズ。 いつものことなので、ルイズにとってはすっかり慣れてしまった光景なのだが、 ルイズは敢えて怒ることにした。 といってもDIOがこの世界に来てから、 あまり日にちは経っていないが…。 とにかく、今までそうやってDIOのやりたいようにやらせていたのが、今回の騒動の発端だ。 これからは締めるところは、キッチリ締めなくては、 また同じようなことが起こるに決まっている。 ルイズの脳裏に、DIOのこれまでの前科が、色鮮やかによみがえる。 何だかますます腹が立ってきた。 ---よし、吹っ飛ばそう。 思い立ったら即行動だ。 幼い頃、ちいねえさまだって言っていたではないか。 ----カトレアから---- "ルイズ……ルイズルイズルイズ…! あぁ、可愛いルイズ! メイジは『吹っ飛ばす』なんて言葉は使わないのよ。 何故なら、そんな言葉を思い浮かべた時には、 実際に相手を殺ってしまっていて、もう終わっているからなの。 私は使ったことがないわ。 いいこと? 『吹っ飛ばす』と心の中で思ったなら… その時スデに行動は終わっているのよ、ルイズ。 『吹っ飛ばした』なら使っていいわ" --------------- (わかったわ、ちいねえさま! 『言葉』ではなく、『心』で理解できたわ!) 1人思いながら、ルイズは杖を取り出し、DIOに向けて振り下ろ…………そうとしたのだが、杖を持つ手は、 気がつけばシエスタがガッチリと掴んでいた。 さっきまでDIOの側に控えていたはずなのに、 一体いつのまに動いたのか。 ルイズ同様、華奢な腕をしているシエスタだが、 掴まれた腕越しに伝わってくる力は想像以上で、 動かそうと思っても、ルイズの腕はビクともしない。 「御乱心、なさりませぬよう、ミス・ヴァリエール。」 静かな制止の声が、部屋に響く。 シエスタにガンを飛ばすルイズだったが、当のシエスタはどこ吹く風だ。 ルイズは何だか気に喰わなかった。 「誰の部屋だと思ってんのよ。 それよりこの手を離しなさいな。 アンタは黙って、DIOにゴマすってりゃいいのよ」 DIOの名前が罵り文句に出てきたことで、 無表情だったシエスタの顔が、見る見るうちに怒りで歪んでいった。 シエスタが力を込め始め、 ルイズの腕の骨がミキミキと軋む音を立てたが、ルイズは眉一つ動かさない。 「URYYYYY……!」 シエスタが背筋の凍るような唸り声とともに、 ルイズの腕を、HBのエンピツをポキッと折るみたいにへし折ろうとしたが、DIOがそれを遮った。 「シエスタ……ワインを注いでくれないか?」 シエスタの体がピタッと止まった。 さっきの剣幕もまるで嘘のように、シエスタはDIOの側に戻った。 どうやら食事は終わったようだ。 ルイズはフンと鼻息を荒げ、掴まれた腕をプルプルと振った。 わりと真剣に痛かったが、絶対に顔には出さない。 出すものか。 …………痛い。 DIO服従計画が、早くも躓いてしまい、 ルイズはとことん面白くなかった。 まだ鈍く痛む腕を無視しようと努めながら、 ルイズはソファーを見た。 一日中本を読んでいたのか、ソファーには、本がうず高く積まれて山になっている。 そのソファーにはデルフリンガが立て掛けられているが、 しっかりと鞘に納められていて、うんともすんとも言わない。 デルフリンガの横の床には、何故か釣り糸とメガネが置いてあった。 何だ、これは? ふと思い立ったルイズは、デルフリンガを手にとって、鞘から抜いた。 刀身には、所々焼け焦げた後が、点々とついている。 鞘から抜いた途端に、デルフリンガが柄をパクパクさせて喋り出した。 「ネッ!ネッ!戻して!店に!ネッ!名前も! お願い!ネッ!コラ!ネ…」 バチンと鞘に納める。 五月蠅いったらありゃあしない。 ルイズはデルフリンガを弄りながら、DIOに聞いた。 「このボロ剣、何か吐いたの?」 DIOは困ったような声を出した。 「いろいろ手を尽くしては見たが、まだ何も」 「どうやって聞き出そうとしたの?」 単純な興味から、ルイズは疑問を口にしてみたが、 メガネと釣り糸をもう一回見て思い直し、慌てて取り消した。 「やっぱり、言わなくていい。想像つくわ」 「それよりもこの剣、 役立たずなら廃棄処分にするの?」 「いや、どうやら、こいつは何か大切な事を知っているらしい。 私のルーンを見たときに、こいつは反応を示した。 今は忘れてしまって、思い出せないなどと言っているが……」 ルイズは、ふぅ~んとだけ言うと、デルフリンガを再びソファーに立てかけた。 グラスにワインが注がれると、 DIOは体をルイズの方に向けてグラスを突き出した。 「話を戻そう。 今日1日、何があったか、教えてくれよ」 ルイズはすっかりその事を忘れていた。 慌てて朝から事が起こった順に話していった。 宝物庫に侵入者が出たこと。 DIOのやったことがばれたのだと思い、宝物庫まで向かったこと。 侵入者は『土くれ』のフーケということになったこと。 フーケを殺らなければ、マズいことになること。 1つ1つ丁寧に話した。 話を聞き終わると、DIOはなるほど、といった。 「君は…アレだな、実に苦労人だな………」 同情するような視線を向けるDIOに、ルイズはついにキレた。 ツカツカとDIOに歩み寄ると、"ドガン"と机を殴りつけた。 机がベッコリとヘコんで、食器がいくつか宙を舞ったが、 落下する前に、シエスタが全てキャッチした。 「あ ん た の せ い で し ょ う がぁぁああああ!!!!」 肩をすくめるDIO。 ルイズはフンとそっぽを向いた。 いちいち激高してしまう自分に、腹を立て、 そんな自分にまた……という悪循環。 肩をいからせながらベッドに戻った。 明日は早いのだ。 早々に寝ることにして、ネグリジェに着替えつつ、 ルイズはDIOを見た。 ---そういえば、こいつ、弱っているんだっけ。 …役に立つのだろうか? 「DIO。 そういえばアンタ、何でもない風に見えるけど、 ちゃんと使いものになるんでしょうね? ギーシュの時みたいに無様なことにはならないでよ」 最後の方は、半ば見下すように言ったルイズに、 DIOがピクリと反応した。 無言で椅子から立ち上がると、手を"パンパン"と、 二度叩いた。 ルイズはその動作をどこかで見た覚えがあったので、 とっさに身構えた。 果たして、DIOは一瞬にして、机からルイズの目の前に移動していた。 ルイズはギョッとした。 ギーシュのときと同じだ。 やっぱり何が何だかわからない。 目の前で尊大に佇むDIOに、冷や汗をかいたが、 動揺を顔に出すような真似だけは死んでもやらない。 「やれば、できるじゃ、ない」 貴族としてのプライドから、それだけを何とか絞り出すように言う。 「……もはや自分の意思で、『動ける』までになった。 なに、もう少しさ」 DIOは確認するかのように呟くと、踵をかえして、シエスタに下がるように指示した。 シエスタはテキパキと食器等を台車に片付けると、 一礼して、台車を押しながら部屋を出た。 ルイズは、いつかDIOの謎を解き明かしてやると思うと同時に、 あの気に喰わないメイドがいなくなったことに、ちょっとせいせいした。 「もう寝ましょ、DIO。 明日は使い魔らしく、バリバリ働いてもらうから、そのつもりで」 何も言わずにソファーに向かうDIOを見やり、ルイズは指をパチンと鳴らした。 部屋の明かりが消えて、周囲は静寂に包まれた。 「あ、あと、明日こそは、買ってあげた服、着なさいよ。 いつまでも上半身裸は、 視覚的に言ってかなりアレだから」 「………………………」 周囲は静寂に包まれた。 to be continued…… 番外編:ルイズが医務室で啖呵を切っていた頃 DIO「…………………」 "ズッダン!ズッダン!ズッダン!" デルフ「うんがぁあああああ!!」 シエスタ「デ・ル・フ・リ・ン・ガ・ー。 天国、地獄、大地獄………天国。」 "ズッダン!ズッダン!ズッダン!" シエスタ「………申し訳ございません、DIO様」 "グイン!グイン!" "バッ!バッ!" DIO「気にするなよ、シエスタ。 ………所でデルフリンガー。 お前の名前は今日から、 『デルフリンガ』だ。 なぁに、気にするなよ、単なる発音上の問題さ」 デルフ「ンごぉおおお!!!」 "ズッダン!ズッダン…" 38へ
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ある虚無の曜日、ルイズは朝からウンウン唸っていた。 その隣のソファーでは、DIOが図書室から新しく借りた(強奪に近いものと思われる)本を、無言で読んでいた。 『僕の私のハルケギニア大陸』というタイトルで、凡その子供が読むような、簡単な地理書だ。 DIOは、コツを掴んだ人間が、自転車をあっと言う間に乗りこなしてしまうように、ドンドンとハルケギニアの知識を得ていた。 そんなDIOを脇目に、暫く唸っていたルイズだったが、突然雷に打たれたようにその顔を上げた。 「…そう、そうよ! 今は考えたってしょうがないわ。 何と言われようが、こいつは私の使い魔。 そうよ! 忘れてたわ、私、どんなことがあろうと乗り越えてみせるって、あの時誓ったじゃない!」 あの時、とは契約の時のことだろうが、とにもかくにも、ルイズは一人でヒートアップしていった。 そして、ベッドから立ち上がって、DIOを指差した。 腰に手まで当てて、随分と興に入った雰囲気である。 「DIO! 本を仕舞いなさい! すぐ街に行くわよ!」 「これまた突然だな。……何をしに?」 DIOはチラッとルイズを見て、ため息をつきつつ本を閉じた。 「ナイフ、買ってあげるわ! あと服も! 何かある度にいちいち厨房からガメられたんじゃ、私たちの食事がまずくなるし、あんただって、いつまでも上半身裸じゃやってられないでしょ?」 どうやら買い物に連れていくようだ。 武器を買うということは、ルイズがDIOを本格的に自分の使い魔であると認めた証拠である。 「珍しいじゃないか、使い魔に贅沢をさせるなんて…」 DIOはしかし、全く何とも思っていないようだ。 言葉とは裏腹に、自分が使い魔であるなどとは全く考えてはいないようにも取れる。 だが、ルイズは別にそれでもよかった。締めるところでビッチリ締めればいいのだと、割り切っていたからだ。 「必要な物は、きちんと買うわ。私は別にケチじゃないのよ」 ルイズは得意げにいい、もう話は決まったばかりに荷物をまとめ始めた。 あれよあれよという間に外出の準備を完了させてしまう。 早業であった。 「わかったら、さっさと行くわよ。今日は虚無の曜日なんだか ら」 DIOはゆっくりと立ち上がって、ドアに手をかけた。 「ところでDIO、その本どうしたの?」 ルイズの質問に、DIOは動きを止めて、ルイズの方に振り返った。 「モンモランシーという子が、選んでくれたのさ」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― キュルケは昼前に目覚めた。 今日は虚無の曜日である。 窓を眺めて、そこから見える太陽の黄色さに目が眩んだ。 まぶしさと眠気に目をつぶりながら、キュルケは昨晩の出来事を思いかえす。 「そうだわ、ふぁ、昨晩はいろいろ大変だったわ…」 ペリッソンに、スティックスに、マニカンにエイジャックスにギムリに……etc. さすがの『微熱』も燃え尽きそうになるほどだった。 これからはブッキングは避けた方が良さそうね…と思いながら、キュルケは起き上がり、化粧を始めた。 夜明けまで起きていた割にはやけにツヤツヤしている彼女の肌には、化粧は必要なさそうだが、女の嗜みというやつだ。 パタパタと化粧をしながら、キュルケはこれまでの出来事を思い出した。 主にルイズの。 途端に、キュルケの顔に影がさした。 最近のルイズは、どうにもおかしい。 いや、いつもおかしいのだが、あの使い魔を召喚してからはそれが顕著になってきている。 キュルケは、ルイズが腹に抱えている黒い爆弾のことを知ってはいた。 プライドの高いルイズは、『ゼロ』とバカにされてもそう軽率に怒りを表すような人間ではない。 ……ないのだが、『ゼロ』と呼ばれる度に、彼女の心にストレスは確実に蓄積されていくということを、キュルケは知っていた。 そして精神の均衡を保つため、そのストレスは定期的に爆発をするということも。 その時、ルイズは世にも恐ろしい悪鬼になる。 シュヴルーズの件が、良い例だ。 あと、ギーシュの時も。 キュルケは、以前あの状態になったルイズに一発かまされたことがあったので、ルイズの恐ろしさは重々承知していた。 その時のことを思い出すだけで、キュルケは震えがくるのだが、そのおかげでルイズのストレスが爆発するギリギリのラインも、ある程度は心得たのだった。 その範囲内でルイズをからかうのが、キュルケの最近の楽しみでもあった。 しかし……キュルケは疑問に思う。 最近のルイズは、どうにもおかしい。 何だか、爆発の頻度が高くなったような気がする。 というより、寧ろ自分からそれを楽しんでいるような印象さえ受ける。 キュルケの脳裏に、ギーシュとの決闘の時、瀕死のギーシュに対して、いとも簡単に処刑宣告をしたルイズの姿が映し出される。 やはり、あの使い魔のせいだろうか。 だとしたら、釘を刺しておく必要がある。 彼女は自分のライバルなのだ。 勝手な手出しは、その使い魔だろうと許さない。 キュルケは化粧を終えて、立ち上がった。 自分の部屋から出て、ルイズの部屋の扉をノックする。 扉が開くまでの間、キュルケはなるべくルイズ本人が出てくることを願った。 無論、使い魔のDIOの方が出てくる可能性の方が高いのだが、キュルケはそう願った。 何と言おうか、DIOを前にすると、言い知れない緊張を感じてしまう。 萎縮してしまう、といってもよかった。 それは、自分の使い魔であるサラマンダーのフレイムも同じであるらしい。 初めてDIOを見たとき、フレイムはひどく怯えていた。 自分の命令なしでも、DIOを攻撃しそうな勢いだった。 火流山脈のサラマンダーが怖がるほどだ。 そのDIOがどれだけの力を持っているのかは、一応は、ギーシュとの決闘でその片鱗を見ることは出来た。 見たというより全く理解を越えていたのだが、決して無駄にはならないだろう、とキュルケは思った。 そこまで考えたところで、キュルケは開かないドアをもう一度ノックした。 しかし、ノックの返事はない。 開けようとしたら、鍵がかかっていた。 キュルケは少し躊躇った後、ドアに『アンロック』の呪文をかけた。 学院内で『アンロック』の呪文を唱えることは、重大な校則違反だ。 これが色事に関わることなら、躊躇いはしなかっただろうが……。 しかし、そうしてドアを開けてみると、部屋はもぬけの殻だった。 二人ともいない。 キュルケは部屋を見回した。 カーテンはしっかりと閉められていて、部屋は薄暗い。 ルイズがいつも使っているベッドの側には、豪華なソファーが横たわっている。 DIOが使っているのだろうか? だとしたら、随分と生意気な使い魔だと思った。 だとしたら、随分と生意気な使い魔だと思った。ルイズが使っているベッドよりも下手したら高そうだ。 キュルケはさらに部屋を見回して、ギョッとした。 そこには、様々な調度品が、所狭しと並べられていたからだ。 棚の上には壷と皿。 壁には、様々な絵画と、そしてプラチナとゴールドで出来た一対の剣が飾られていた。 隅の壁には甲冑が立っている。 その隣には、両腕のない女神を象った彫刻がデンと置いてあった。 どれもこれもが、憎らしいくらいに完璧に配置されていて、一瞬ここが美術館かと思ってしまったほどだ。 ていうかここはホントにルイズの部屋なのだろうか? チラりと棚に目をやると、開いた扉から、いかにもわたくし宝箱ですと言わんばかりの重々しい箱があり、これまたいかにも年代物そうな金貨銀貨が、溢れだしているのが見えた。 天井には大きなシャンデリアが下がっているが、その大きさの割には、放つ光は柔らかで弱い。 香を焚いているのだろうか、部屋にはほのかに靄がかかっていて、エキゾチックな空気が立ちこめている。 ふらふらと目眩がするのは、決して香の匂いに当てられただけではないだろう。 キュルケは我が目を疑った。 つい先日ルイズの部屋を見たときは、いつも通りだった。 色気も何もないが、こざっぱりしていて、いかにもルイズらしい部屋だと思ったものだ。 「ル、ルイズ…趣味変わったわね……」 キュルケはポツリと呟いた。 そして、キュルケは、ルイズの鞄が無いことに気がついた。 虚無の曜日なのに、鞄がないということは、どこかに出かけたということだろうか。 キュルケは窓を開けて、外を見回した。 辛気くさいルイズの部屋に日光が差す。 門から馬に乗って出ていく二人の人影が見えた。 目を凝らす。 果たして、それはDIOとルイズであった。 「なによー、出かけるの?」 キュルケは、つまらなさそうに言った。 それから、ちよっと考えて、ルイズの部屋を飛び出した。 タバサは、寮の自分の部屋で、いつものように本に目を通していた。 しかし、いつもなら流れるようにめくられる本のページは、先ほどからちっとも変わってない。 タバサは、本を開いているだけで、心ここにあらずだった。 タバサは虚無の曜日が好きだった。 誰にも邪魔されずに、自分の世界に没頭出来るからだ。 しかし、タバサは今日、全く別のことを考えていた。 あの使い魔だ。 タバサは、その特殊な家庭環境から様々な危険を冒してきた。 つまり、モンスター関係に対してはある程度免疫があるつもりだったのだ。 しかしその認識は、ルイズが召喚した使い魔によって改められることになった。 あれこそまさに化け物ではないか。 一見穏やかで、紳士的に見えるあの使い魔は、心の底にはマグマのような激情を籠もらせていることは、ギーシュとの決闘でよくわかった。 決闘……。 タバサは本から顔を上げた。 あの時、追い詰められたDIOが本性を垣間見せたとき、DIOの左手のルーンが光ったのをタバサは見ていた。 そう、見ていたのだ。 欠片も漏らさず。 タバサは、自分の身長ほどもある大きな杖を手繰り寄せて、ギュッと握りしめた。 ルーンが光ったと同時にDIOが、高笑いと共に響かせた言葉『ざわーるど』…。 異国の言葉らしく、タバサの耳に覚えはなかったが、とにかくそのDIOの一言の後に全ては終わっていた。 そして、ギーシュは倒れた。 『見えているのか、我が『ザ・ワールド』が…』。 『ざわーるど』…『ざわーるど』……。 タバサはその言葉を自分の口で紡いだ。 DIOはメイジではない。 とすれば、あの幽霊みたいなものの能力だろうか。 例えば、自分の使い魔であるシルフィードが、人語を話し、己の姿を変えられるように…。 ダメだ。手がかりが少なすぎる。 あの決闘のあと、タバサはDIOのことばかり考えていた。 思考を中断して、タバサはため息をついた。 すると、ドアがドンドンドンと叩かれた。 いつもなら軽く無視するところなのだが、気分転換の良い機会とも思い、タバサは杖を振った。 ドアがするりと開いた。 入ってきたのはキュルケだった。 タバサの友人である。 タバサはキュルケを見ると、結局1ページもめくらなかった本を閉じた。 「タバサ。今から出かけるわよ。支度をしてちょうだい」 「虚無の曜日」 タバサは話をするのは良いと思ったが、外出する気にはなれなかった。 タバサは首を振った。 キュルケは感情で動くが、タバサは理屈で動く。対照的な2人だが、何故か仲はよい。 「そうね。あなたは説明しないと動かないのよね。…あのね、タバサ。 ルイズの様子が最近おかしいの。私は多分DIOのせいだと思っているわ。 その2人が今日、どこかへ馬に乗って出かけていったの!2人っきりで! DIOがルイズに何かしないか、監視しないといけないの! わかった?」 ぼんやりと聞いていたタバサだったが、DIOという言葉を聞いた瞬間、ハッと顔を上げた。 しばらく悩んで、タバサは頷いた。 自分もちょうど手詰まりになっていたところだ。 直接相手をお目にかかるのも悪くない、とタバサは思った。 キュルケは、案外あっさりと承諾をしてくれたタバサを一瞬訝しんだが、機嫌が良いのだろうと思って流すことにした。 「ありがとう! 追いかけてくれるのね!」 タバサは再び頷いた。 窓をあけ、指笛を吹いた。 ピューッという甲高い音が、青空に吸い込まれる。 タバサは窓枠によじ登り、外に飛び降りた。 キュルケもそれに続く。 落下する2人を、タバサの使い魔である風竜のシルフィードが受け止めた。 シルフィードは上空へ抜ける気流を器用に捕らえ、空へと駆け上った。 「いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」 キュルケが感嘆の声を上げた。 タバサはそれを無視して、キュルケに尋ねた。 「どっち?」 キュルケが、あっ、と声にならない声を上げた。 タバサはキュルケが当てにならないことを改めて認識し直して、シルフィードに命じた。 「馬二頭。食べちゃだめ」 風竜は、きゅいきゅいと鳴いて了解の意を伝えると、高空へ上り、その卓越した視力で目標をたやすく捉え、力強く翼を振り始めた。 自分の使い魔が、仕事を開始したことを認めると、風竜の背びれを背もたれにして、再び本を開いた。 しかしやはり、そのページがめくられることはなかった。 to be continued…… 30へ
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DIOの……いや、自分の部屋に戻ったルイズは、ドアをバタンと閉めた。 後ろ手で鍵をかける。 部屋の奥の窓際に立っているDIOを見つけると、ルイズは虚ろな目をしてフラフラと誘われるようにDIOの方へ向かった。 カーテンが閉められた窓際に立つDIOは、自分の左手をルイズに差し出した。 その手は先程のギーシュの血で、真っ赤に染まっていた。 幾分か固まってはいるものの、鼻につく鉄の匂いが辺りに立ち込めている。 ルイズの目は、その左手に釘付けになっていた。 ハァハァと荒い呼吸をして、頬をほんのり上気させているルイズは、途端にガクリと膝をついた。 我慢も限界といった風にDIOの左手に手を添えると、ルイズは自分の小さな舌を、その血に染まる左手に這わせた。 「ハァ…ンゥ…チュ…フッ」 ピチャピチャという、淫らな水音が部屋に響いた。 だが、そんなことはお構いなしに、ルイズは陶酔した表情を浮かべたまま、ひたすらにDIOの左手全体に舌を這わせ続ける。 いや、むしろ部屋に響く淫音すらも、ますますルイズの理性を崩壊させているようでもあった。 唾液に混じって血が喉を下りていくたびに、ルイズは心が喜びで震えるのを止められなかった。 自分の穢れを知らない女の部分が、熱を帯びて潤っているのを痛いくらいに感じていた。 もじもじと切なそうに太ももを擦り合わせた後、ルイズは左手をそのままに、右手をするすると自分の女の部分へと移動させた。 グチュ…という湿った音が、下着越しに感じられ。 ルイズは体に電気が走ったように、ビクンと震えた。 だが、次第に調子を掴んだのか、ルイズは下着の上から、自分の女を不規則に指で慰め始めた。 ルイズの口と、女の部分から、いやらしい音の調和が繰り広げられる。 DIOは無言で、そんなルイズをさせるがままにした。 ひざまづいて指の一本一本に至るまで、丁寧に舐めあげてDIOに奉仕を続けるルイズだったが、段々それは激しいものへとなっていった。 ふと、ルイズの体が突如弓ぞりになり、口が酸素を求めてパクパクと動いた。 下着にジュワ…と染みが広がる。 絶頂に達したらしい。 全身を弛緩させながらも、それでもルイズは舌を動かすのを止めなかった。 暫くするとあらかた舐め終わったのか、最後に左手に沿うようにして舌を這わせた後、名残惜しそうにため息をついた。 ルイズの口から銀糸がつぅっとつながった。 そして、部屋に漂う鉄の匂いが徐々に消えていくと、ルイズの目に再び理性の光が戻り始めた。 自分が今まで何をやっていたのかを悟ると、ルイズは弾かれたように立ち上がり、後ずさった。 「な……わ、わた…し…な…に……を?」 面白そうに一連の行為を眺めていたDIOは、差し出していた左手を顔の前に持ってきた ルイズの唾液でビチョビチョになっているそれをペロリと舐める。 そして、ニヤリとルイズに笑った。 ルイズはその笑みを見て、崩れるように床に座り込んだ。 暫くの沈黙が、部屋を包んだ。 やがて、ルイズがポツポツと問い始めた。 「…………どうしてギーシュを殺さなかったの?」「…………………」 DIOは答えない。 「………どうやってギーシュを倒したの?」 「…………………」 DIOは答えない。 「……あなたが使っていた、あの幽霊は何?」「…………………」 DIOは答えない。 何もいわずにソファーに座り、手を拭いた。 「…私の体に何をしたの?」 「…………………」 DIOは答えない。 「そもそもあなたは何者なの!?」 「…………………」 DIOは答えない。 ルイズはすぅっと息を吸い込んだ。 「答えなさい!!!」 ビリビリと空気が震えた。 ルイズの怒声もどこ吹く風、DIOは脇に置いてあった本を開いて読み始めつつも、ようよう応じた。 「……まず、最初の質問からだね。 どうしてさっきの小僧…えぇっと、何だっけ…そう、ギーシュを殺さなかったのか、だったな…」 ルイズはDIOを見上げた。 「簡単だ。私の身の安全のためさ。 あの時、勢いに任せてギーシュを殺していたら、私は周りのメイジや、騒ぎを聞きつけてやって来る教師たちを相手にしなければならないだろうからな。 …避けねばならない。余計な消耗は。 それが、第一の質問に対する答えさ…」 「私は、殺せと言ったわ」 間髪入れず、ルイズが切り込んだ。 「『マスター』…。私は自分を解放する術を磨けと、言ったばかりじゃないか。 その点から言うと、あの時殺すのは、スマートとは言えないね」 「…………」 言われてみれば、DIOの言うとおりかもしれない、とルイズは思った。 確かに、あの時観衆の目前で、ギーシュを殺していたら、DIOだけじゃなく私の立場まで悪くなるのは、当然だ。 この世界では、平民が貴族を殺すことは、死に値する大罪だ。 いくら私が塵一つ残さず吹き飛ばしたとしても、言い逃れが出来るとも思えない。 ルイズはそこまで考えて、とにかくも納得はした。 頷くルイズに、DIOが続ける。 「第二の質問だが……君が見たままだよ? あの鉄人形…『ワルキューレ』だったかな…とにかくそいつを、私は破壊して、ギーシュをナイフで串刺しにしてやったわけさ」 よくもまぁぬけぬけと言うものだと、まだぼーっとする頭でルイズは思った。 「そうね。確かに、結果だけ見れば、あなたの言うとおりだわ。 でも、私は結果ではなくて、過程の話をしているの。 ……はっきり言うわ。私も含めて、あの場にいた全員、あなたがワルキューレを砕いた所も、ナイフを投げた所も見ていないわ。 気がついたらそうなっていたの。一体どういうこと?」 「さぁ?あそこは日があまり射さないからね。 暗さのせいで、見逃したんじゃあないか?」 DIOはからかうように、フフフと笑った。 どうやら、この問いには答えるつもりはないらしい。 これ以上追及しても、時間の無駄だと判断して、ルイズは先を促した。 「第三の質問だが……あれは、そう、君たちの世界風に言うと、私の『使い魔』といったところだ。 『側に立つ』という、私の世界の言葉にちなんで、私は『スタンド』と呼んでいるがね」 これは、まぁ、予想通りの答えと、ルイズは思った。 『スタンド』…DIOがそう呼ぶあれには、一体どんな性質があるというのだろうか。 それを聞こうとしたら、DIOが先にそれに答えた。 どうやら彼は、ギーシュの血を吸って、幾分饒舌になっているらしかった。 「……私のスタンドは、『ザ・ワールド』と言う。私の世界の言葉で、『世界』を暗示するスタンドだ。 スピードと、無比のパワーを誇る」 「…あのザマじゃ、とてもそうは見えないけど」 そういうルイズに、DIOは"まだ本調子ではない"と、珍しくお茶を濁す発言をした。 案外DIOも気にしているのだろうか? 「第四の質問だが…」 ルイズは体を強ばらせた。 これこそが、ルイズがもっとも知りたいことであった。 「……君は、吸血鬼を知っているか?」 突然の質問だった。 「え、えぇ、一応知識だけならある…けど」 「君たちの世界と、私の世界のそれは、些か異なる存在かもしれないが、元の意味は一緒だろう。私はその吸血鬼さ」 DIOの告白に、ルイズは一瞬ポカンとした。 「…え?だってあんた、太陽の光、大丈夫じゃない」 「…思うに、この世界の太陽と、私が元いた世界の太陽とでは、発する光の波長が異なるからかもしれないな」 つまり、こいつには弱点は無いってことだ。 ルイズはDIOという存在の反則ぶりに呆れた。 「とにかく、そういう理由で私は血を好む。血さえあれば、どんな傷であろうと塞がるだろうからな。 そして…、吸血鬼は、血を吸った相手を吸血鬼にできる。 私の場合、私の体を流れる吸血鬼のエキス(EXTRACT)を、相手の血液と循環交換させることによって、相手を屍生人に出来る」 どうも話が見えないと思っていたルイズは、DIOの言葉にハッとした。 ―――吸われたじゃないか……自分も…DIOを召喚した時に…。 ドクンドクンと、心臓が暴れ出した。 呼吸が乱れる。 冷や汗が出てきた。 …………まさか? …まさか! 「DIO!!」 ルイズは立ち上がった。 「DIO!あんた…!あんたは!」 人間としてのアイデンティティを揺らがされ、ルイズはパニックになった。 思考がまとまらず、舌がうまく回らない。 ハァハァと荒い呼吸をするルイズを見て、DIOはクックッと笑った。 「…おやおや、やっと気づいたのか?クックックッ…。 だが、私もあの時は必死でね。 君にエキス(EXTRACT)を注入したかどうか、覚えていないんだ…」 ルイズは耳をふさいだ。 「だが、私は知っているよ。 君はさっきの決闘の時、ギーシュの血を見て、とてもうまそうだと思った。そうだろう? それだけじゃない。 君は私によって受けた瀕死の重傷から、1日で復帰してみせた。 それどころか身体能力も、上がっているようじゃないか?」 (やめて、それ以上言わないで!) ルイズは先ほど、夢中になってDIOの手についた血を舐めていた自分を思い出して、無言の叫びをあげた。 心ではそう思ったが、体がピンにでも止められたみたいに、ちっとも動かなかった。 おもむろにDIOは本を閉じ、ソファーから降りて、ルイズの前に立ちはだかった。 195サントの巨体が、ルイズを見下ろす。 目を逸らすルイズに、DIOは顔を近づけ、ルイズの顎に手を添えた。 傍から見ると、まるでキスをしようとしているようだった。 「『マスター』。君は今、非常に私に近い状態にある。 それは、私と結んだ契約のせいかな? それとも、私に血を吸われたせいかな? いや、あるいは両方かもしれないぞ?」 子供に謎かけをするように、軽々しい調子で問うDIO。 震える拳を握りしめて、ルイズはキッとDIOを見据えた。 この一点だけは、譲るわけにはいかない。 認めるわけにはいかない。 「私は…私はまだ人間よ!」 『まだ』といってしまうところが、ルイズの恐れの証だった。 DIOはフッと笑うだけで何も言わずに、ルイズの脇を通り過ぎ、ドアのノブに手をかけた。 「あぁ、ところで『マスター』。君から借りた本、読み終わったから返しておくよ。 実に参考になった。 これから図書室に行って、他の本を読んでみようと思うんだ」 背を向けたまま言うDIOを、ルイズはただ見つめるだけだった。 DIOが静かにドアを開けた。 「……最後の質問に対する答えがまだだったな『ルイズ』。 答えるまでもない。 私はDIO。これまでも、そしてこれからも世に君臨し続ける、全てを超越した帝王だ」 部屋に不気味な声を響かせて、DIOはパタンとドアを閉めた。 to be continued…… 28へ
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ベッドの上で、ルイズ・フランソワーズは夢を見ていた。 舞台は、生まれ故郷であるラ・ヴァリエールの領地にある屋敷。 夢の中の幼い自分は、屋敷の庭を逃げ回っていた。 それは二つの月の片一方、赤の月の満ちる夜のことだった。 真っ赤な真っ赤な…… 血のように真っ赤なお月様が見下ろす夜。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの!? まだお説教は終わっていませんよ!!」 出来のイイ姉たちと比べて落ちこぼれな自分を、 母は、いつも叱ってきた。 母だけではない。 自分の世話をする召使い達も、影で自分のことを哀れんでいることを、 ルイズは知っていた。 その事が、ますますルイズの自尊心に傷を付ける。 その日もまた母親に叱られた。 それが悔しくて、悲しくて、 思わずルイズは屋敷を飛び出したのだ。 使用人達の目を掻いくぐり、いつもそうしていたように、 中庭の池にある『秘密の場所』へと向かう。 そこは、幼い頃の自分が唯一安心できる場所だった。 あまり人の寄りつかない中庭の池には、小舟が一艘浮かべられている。 昔は家族で舟遊びをして楽しんだものだったが、 時とともに皆離れていった。 この場所に気を留めるものは、もはやルイズしかいないのだった。 夢の中の幼い自分は小舟の中に忍び込み、 用意してあった毛布を纏って、息を潜める。 しばらくそんな風にしていると……霧の中から、 マントを羽織った1人の立派な貴族が現れた 「ルイズ、泣いているのかい?」 つばの広い帽子をかぶっていたので顔はよく見えなかったが、 ルイズはその貴族が誰だかすぐにわかった。 最近、近所の領地を相続したという子爵。 「可哀想に。 また怒られたんだね……」 幼いルイズにとって、憧れの人だった。 近所だったから晩餐会を共にしたこともあったし、 また、父と彼が交わしたある約束も相まって、 ルイズとその子爵は、会う度によく話をしたものだ。 「僕の可愛いルイズ。 ほら、僕の手をお取り。 もうじき晩餐会が始まるよ。 ……安心して。 お父上には、僕からとりなしてあげる」 夢の中の幼い自分は、恥ずかしそうに頷いて立ち上がり、 子爵の手を握ろうとした。 ……が、ルイズがその瞬間、子爵の手がすうっと引っ込められた。 意外な対応に、幼いルイズは当惑する。 それは、夢の中の出来事をぼんやり俯瞰していた現実のルイズも同様だった。 ―――あれ、何だか変だな? この後確か、子爵と共に晩餐会に向かった筈なのに……。 夢と現と、両方のルイズが混乱する中、顔の隠れた子爵が語り掛ける。 「そうだ、ルイズ。 君に見せたいものがあるんだ」 現のルイズが未だに当惑する一方で、 夢のルイズは、子爵を信頼しきった表情で答える。 「まぁ、子爵様。 一体何を見せて下さるの? 楽しみだわ」 子爵は大仰に一礼して、マントを翻した。 「ルイズ、僕のルイズ! とても素晴らしい物だよ。 きっと、我を忘れてしまうほどに! だから、7秒だけ待っててくれるかな?」 は?7秒? ますますもって分からない。 直ぐに持って来たいのは分かるが…… どうしてわざわざ正確な所要時間を言う必要があるのか。 しかもやけに短い。 2人を俯瞰していた現ルイズは、途方もなくいやな予感がし始めた。 そんな現ルイズの不安をよそに、子爵の姿が一瞬で掻き消えた。 『見せたい物』とやらを取りに行ったのだろうか。 そりゃあ、7秒しかないのだ。 急ぐのは尤もだが……素早すぎやしないか? ~1秒経過!~ 「子爵様ったら。 私のために、あんなに一生懸命になられて……」 しかし、夢ルイズは全く疑ってすらいないようだ。 ~2秒経過!~ ……マズい。 これはマズい! 何だかとてもマズい気がする! と、現ルイズ。 ~3秒経過!~ 「子爵様が見せたい物って、一体何かしら?」 と、夢ルイズ。 ~4秒経過!~ 逃げろ。 逃げるのよ、私!! 何やってるの、早く逃げるのよ! と、また現ルイズ。 ~5秒経過!~ 「子爵様のことだから、 本当に我を忘れてしまうほどの物なのだわ……」 ~6秒経過!~ 緩みきってるわね、夢の中の私。 しかし待て夢ルイズッ! 何かただならぬ事がッ! 起こっているのよォオオッ! ~7秒経過!~ 「待たせたね。 上を見てごらん、可愛いルイズ」 夢の中のルイズは、弾かれたように空を仰いだ。 果たして空中には、夢ルイズが乗っている小舟なんかとは比べ物にならないほど大きな物が浮いていた。 馬車のようにも見えるが、 見る者に威圧感を与える凶悪なフォルムをしている。 黄色を基調とした車体の前後には、 ぶっとい石の円柱のようなものが付いていた。 馬車にしてはやけに重そうだ。 馬数頭ぐらいでは、ビクともしなさそうなほど。 その上には子爵が乗っかって、夢の中のルイズを見下ろしている。 その馬車の異様な巨体に、夢と現と、 ルイズは揃って我を忘れた。 無論感動したからではない。 絶望したからだ。 今あれは宙に浮いているが、 やがて重力の法則に従って墜落してくるだろう。 そうなったらどうなるか……。 答えはもうすぐ分かる。 だって、今まさに、あの巨大な馬車が、 夢の中のルイズを乗せた小舟めがけて、落下を始めたからだ。 ふと、落下による風に吹かれて、 子爵の帽子が飛んだ。 「あ」 ルイズは短い声を上げる。 いつの間にか夢と現とが重なり合い 舞台にいるルイズは、6歳から16歳の今の姿になっていた。 そして、帽子の下から現れた顔は憧れの子爵などではなく、 使い魔の……ちょっと髪型だとか、唇の色だとか雰囲気だとか色々変わってるけど…… DIOであった。 ふと目が合う。 DIOは見たこともないほど興奮した笑みを浮かべた。 突如夢の中に乱入してきたDIOは、 奇妙で巨大な馬車に乗って落下しながら、 現実世界ではルイズすら聞いたこともないほどハイテンションな声を上げた。 「ロードローラーだッ!!!」 なんじゃそら、と突っ込む暇など、 もちろん無かった。 DIOが乗っかった馬車が、小舟を直撃したからだ。 ドッバァアアン!という、凄まじい水しぶきと共に、 小舟がバラバラになる。 その小舟ごとペッシャンコになったかと思われたルイズだか、 意外なことに生きていた。 馬車の円柱に、無様な格好でしがみつく。 うまく難を逃れたかに見えたルイズだが、 今度は馬車もろとも、どんどん水中へと沈んでいってしまった。 何とか身を捩って脱出しようとするが、 DIOがそれを許さない。 ガンガンガンガンガンと 車体を殴り付けて沈没を助長する。 ……器用なことに、右は肘、 左はグーと使い分けていた。 「もう遅い! 脱出不可能よッ!」 夢の中なので、水中でも何故か叫び声を上げてくるDIO。 まさしくDIOの言う通りなのだが、 せめてささやかな抵抗くらいさせて欲しい。 だが、 「無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」 「無理無理無理無理無理 無理無理無理無理無理ィッ!!」 現実は……夢か?どうでもいいけど…… やはり非情だった。 抵抗むなしく、グングンと湖底が近づいてくる。 このままではペッチャンコだ。 それにしても、夢の中の使い魔はとんでもなくハイだ。 ひょっとしたらこれがアイツの本性なのだろうか。 そう思う間に水圧が体の自由を奪い、ついに身動きすら取れなくなってしまった。 万事休す。 湖底は目と鼻の先だ。 そのことはDIOも承知なのか、 ダメ押しとばかりに渾身の一撃を打ち込んでくる。 「8秒経過! ウリィイイイヤァアアッー! ぶっ潰れよォォッ!!」 今更ながらのタイムカウント。 しかし凄い。 たった1秒の間なのに、こんなたくさんの描写があるなんて。 さすが夢だ、突拍子もない。 なんて考えていたら、ドグシャァア!と着地の音が聞こえて、 砂利が水中に舞い上がる。 こうして夢の中のルイズは、 地面とロードローラーとに挟まれて、哀れにもサンドイッチになってしまった。 「9秒経過……!!」 DIOのタイムカウントを餞に、私は夢から逃走して目を覚ました。 ―――――――――― 巨大な何かに押しつぶされる夢を見て、 ルイズ・フランソワーズは目を開いた。 あまりにも夢見が悪くかったので気晴らしに伸びをしようとしたが、 何故か体が動かない。 ベッドに横たわったまま、一体どういう事かと、寝ぼけ眼を擦って己の体に目をやるルイズ。 なにやら布団の下に、ゴツゴツした感触がいくつもある。 布団をめくってみると、いかにも重そうな魔法関係の本が、 所狭しとルイズを圧迫していた。 先程の夢はこれのせいか。 それを見て、昨日勉強をしていてそのまま寝入ってしまったことを、ルイズは思い出した。 しかし、ルイズには布団をかぶった記憶などなかった。 なら、この布団は一体誰が掛けてくれたのだろうか……? 取り敢えず布団をのけて、身を起こす。 分厚い本が、バサバサと床に落ちていった。 ルイズは嫌な予感と共に、 ゆっくりとソファーの方を向いた。 そこにはDIOがいた。 ルイズより先に起きて、本を読んでいる。 ルイズが起きたことに気づき、DIOは顔を上げた。 「起きたか。 今日は随分と早いな」 確かにまだ部屋は薄暗い。 とは言っても、DIOを召喚してからというものの、 ルイズの部屋はいつも薄暗かった。 どんなに爽やかな朝だろうと、 蝶々がチューリップにキスをするようなきらめく昼下がりだろうと、 日が出ている間はルイズの部屋は、 窓もカーテンもピッチリと閉められている。 ルイズは太陽が大嫌いになっていた。 何というか、慎みの感じられない、ハナにつく明るさなのだ。 今のルイズは、月明かりの方が断然お好みだった。 それはさておき、ルイズはベッドから立ち上がり、 布団を掴んでDIOに見せた。 「ねぇ。 これ、ひょっとして、ひょっとするんだけど……」 認めたくない現実に果敢に立ち向かうルイズに、 DIOはさも当然と頷いた。 「私が掛けた」 ルイズは思わず布団を取り落とした。 布団がパサッと床の本の上に落ちたが、そんな事全然気にならなかった。 感動で震える両手を、自分の頬に添える。 手のひらから伝わる、若干火照った頬の感触。 不覚にもルイズの胸はきゅんとなっていたのだった。 ……ウソ。 なんて事。 いやあね冗談に決まってるわなんでコイツったらいきなりそんな使い魔の鏡みたいな真似を白々しいったらありゃしないわ そういえば近頃私ったら魔力上がってるしもしかしてとうとうコイツ私の軍門に下ったというわけかしら でもでもでもイキナリこんな甲斐甲斐しく接してくるなんておかしいわ不自然よひょっとしてコイツってば あああダメよいくら私が前途有望でプリティな女の子だからってつつ使い魔と御主人様なんだからそんなのダメよ!! …………でもコイツ、本はどけてくれなかったわ。 散々1人でヒートアップしたルイズだったが、 そう考えると今までの興奮が一気に冷めてしまうのだった。 途端に口をへの字に曲げ、白い目でDIOを見る。 「あのね。 布団を掛けてくれたのはスゴ~く有り難かったんだけど…… それならまず最初に本をどけなさいよ」 「てっきり本に埋もれて眠るのが好みなのだと思って、 そのままにした」 ルイズは怒鳴った。 「本まみれで寝るのが好きな奴なんているわけないじゃない!! ……1人心当たりがあるけど。 っとにかく! 潰れちゃうかと思ったわよ、ほんとに!」 ほんとにふんとに。 ギャースカ喚いてみせても、DIOは笑って受け流してしまう。 結局からかわれていただけだったのだ。 一瞬でも胸きゅんしてしまった自分が恥ずかしくて、 ルイズは悶えた。 どうにも近頃、自分の使い魔は陽気だ。 それはおそらく、ようやっとコイツが服を着るようになった頃からだ。 私がせっかく選んでやったレディーメイドは気に食わなかったようで、 勝手に注文していたのいやがったのだ。 コッテリ叱りつけたのだが、馬耳東風、DIOに説教。 素知らぬ顔をされてしまった。 ちぇ、服を着たぐらいでテンション上がるなんて、 まるで子供じゃない。 そう思って、ルイズは先ほどの夢を思い出していた。 あの、異様にハイだったDIOの顔を。 ちらっと奴の顔を見る。 そういえばコイツ、フリッグの舞踏会で私と踊った時も、 いやに紳士然としてたわね。 ……なるほど、そういうことか。 ウシシ……と下品な笑みを浮かべて、 ルイズはDIOの肩を叩いた。 「ねぇ、DIO」 「……?」 「あんたって、実は結構ノりやすいタイプでしょ」 藪から棒なルイズの指摘に、 DIOは驚いたような、困ったような、複雑な顔をした。 【DIOが使い魔!?】 第二部 『ファントム・アルビオン』 to be continued…… 戻る 50へ
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あの後ルイズは、駆けつけた他の教員によって、罰として魔法を使わずに教室を掃除するように言いつけられた。 と言っても、『ゼロ』であるルイズにとってはあまり意味はなかったが。 シュヴルーズは医務室に運び込まれて、その日は二度と教壇に立つことはなかった。 (また……やっちゃったんだ…私) ルイズは煤だらけになった教壇を拭きながら思った。 いつものパターンだった。 クラスメイトがルイズを『ゼロ』とバカにするのはいつものことだった。 ルイズだって、そんな中傷にいちいち反応すべきではないと分かっている。 だが、一度スイッチが入ってしまうと、歯止めが利かなくなってしまうのだ。 昔からそうだった。 内側から沸々と湧き上がる暗い感情を抑えられない。 ルイズは自分の未熟に自己嫌悪した。 これもいつものことだった。 つまり、いつもとなにも変わっちゃいないのだ。ルイズは教壇を拭きながら、自分の使い魔を垣間見た。 机にめり込んでいる小石を1つ1つ器用に抉りだしていた。 ルイズはこの時だけは、人型の使い魔を召喚したことを感謝した。 拭き掃除があらかた終わったルイズは、雑巾を絞りながら、DIOに聞いた。 「これでわかったでしょ。私がどうして『ゼロ』って呼ばれてるか…」 DIOは最後の石粒を抉り出しながら答えた。 「あぁ、十分に分かったとも。仮初めとはいえ、君が私の『マスター』にとしての資格ありということが…」 「はぁ?なに分けわかんないこと言ってんのよ…?アレ見てそんなこと思う要素があったわけ?」 もちろんだとも、とDIOは答えた。 「…ルイズ。君はもっと、自分を解放する術を磨くべきだ」 ルイズの頬に、さっと朱がさした。 見られていたのだ。 ニヤつきながらシュヴルーズを蹴り回していたルイズを。 「あ、アレは…!その、その場の空気というか、勢いというか…と、とにかく私の本心じゃないんだからッ!」 しどろもどろで否定するルイズに、DIOはニヤリと笑い、教室を出ていった。 「掃除は終わったな、『マスター』。先に食堂に行っているよ」 DIOの言葉が教室に響いた。 『だが、『マスター』。君には資格はあっても、権利なんかないのだよ…』 雑巾とバケツを両手に持ったまま、DIOを見送ったルイズは、1人ぼやいた。 「あいつ、やっぱり私のこと馬鹿にしてるでしょ…」 食堂にたどり着いたルイズは、DIOの横にドカッと座った。 テーブルはDIOが座っているところから前後左右二つずつスッポリ開いていた。 遠くのクラスメイトは"平民の分際で…"と囁きあっていたが、自分からDIOにそこをどけと言いつける勇気はないようだ。 ぼーっとDIOの食事模様を眺めるルイズは、DIOが食べているのは早退したマルコリヌの分だとばっかり思っていたが、どうやら違うということに徐々に気づいた。 何というか、自分たちの食事の内容と比べて、幾分質が高い気がする。 ていうか明らかに質が高い。 うまそうだ。 それに気づいたルイズは"ご主人様を差し置いて"と怒鳴りつけたが、DIOはそれをあっさり無視した。 やることなすこといちいち完璧なDIOにムカついて、ルイズはワインを飲んだ。 ―――そして、顔をしかめた。 いつものと違って、少し酸味が強すぎる気がすると思ったのだ。 本当にわずかな違いだったので、気のせいだとも思った。 しかしこれは…… 「…………………」 判断がつきかねて、ウンウン唸っているルイズを、DIOはじっと見つめていた。 そうこうしていると、ルイズの背後から1人のメイド服を着た少女が近づいてきた。 そのメイドは、DIOの横に歩み寄ると、恭しくお辞儀をした。 その手には籠が下がっており、中には一本のワインボトルが入っていた。いかにも高級そうなボトルだった。 「失礼いたします、DIO様。ワインをお持ちしました。アルビオンの四十年物でございます。 料理長のマルトーが、お出しするようにと」 お口に合えばよろしいのですが……、と言うメイドに、DIOは黙ってグラスをメイドの方にやった。 トクトクと軽やかな音をさせながら、ワインが注がれた。 DIOは一通り香りを楽しんだ後、クイとグラスを傾けた。 少しの沈黙の後、DIOは一言うむ、と頷いた。メイドは深々とお辞儀した。 「なかなか良いのを置いているじゃあないか。気に入った」 「光栄でございます。料理長も喜びましょう」 「彼によろしく伝えておいてくれよ」 「かしこまりました」 再びお辞儀をするメイド。 ルイズはそのやりとりに、あんぐりと口を開いた。 頭がフラフラした。 開いた口がふさがらない。 こいつの高慢ちきぶりには慣れたつもりだったが、これはもう予想外だ。 なにをやってるんだこの使い魔は……。 ルイズはとりあえず、DIOの横に相変わらず控えているメイドに怒鳴った。 「ち、ちょっと平民!何勝手に人の使い魔を餌付けしてるのよ!」 その怒鳴り声で、初めてルイズに気づいたというように、メイドはルイズに体を向けた。 DIOがメイドに何やら伝えると、そのメイドはスカートの端を摘んで礼儀正しくお辞儀をした。 「これは、ミス・ヴァリエール、失礼を。 ……わたくし、DIO様の身の回りのお世話をさせていただいております、シエスタと申します。どうぞ、お見知りおきを」 ルイズはうぐっと言葉に詰まった。 憎々しいくらいに完璧な礼だった。 隙のないシエスタを責めるのは不利と判断したのか、ルイズはその矛先をDIOに向けた。 「DIO!なによ、このメイドは!召喚されて早々女の子に唾付けてたってわけ!?」 DIOはグラスを置き、やれやれと言った風にルイズに答えた。 「あぁ…彼女か?宝物庫に入る時に知り合ってね。 色々運び出すのを手伝ってもらったんだ。その時からのよしみさ」 石像を部屋に運んだのも、彼女だよ、と言うDIOに、シエスタは"恐縮です"とお辞儀した。 ウソッ!?とルイズはシエスタを見た。 線の細い、華奢な体をしている。 姿勢正しくピンと背筋を伸ばしている。 胸は……デカい。 しかし、とてもあの重そうな石像を運べるほどの腕力があるとは、思えなかった。 ていうかアイツはうちの食堂で奉公しているはずじゃなかったか? ルイズは目の前の状況について行けそうにもないと思った。 頭がどうにかなりそうだった。 (えぇい、無視無視!!私は何にも見ていない!) ルイズは現実逃避を決め込み、昼食に集中することにした。 ちょうどその頃、ルイズ達の席から少し離れたところで、数人の貴族が1人のキザそうな貴族を冷やかしていた。 取り巻きなのだろうか、彼らは口々にそのキザな 少年に話しかけていた。 「なあ、ギーシュ!お前、今誰と付き合っているんだ?」 「誰が恋人なんだ?ギーシュ?」 キザな少年はギーシュというらしい。 彼はすっと唇の前に指を立てた。 「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないんだ。 薔薇は、多くの人を楽しませるためにあるんだからね」 自分を薔薇に例えているあたりが救いようがなかった。 ふと、ギーシュのポケットから、ガラスでできた小瓶が転がり落ちた。 中に紫色の液体が揺れるその小瓶は、コロコロと、DIOのほうに転がっていった。 だが、小瓶がDIOの足にぶつかる直前に、シエスタがそれをすっと取り上げた。 無感情な視線をギーシュに向け、シエスタは彼に近づいた。 「小瓶が落ちました。ミスタ・グラモン」 お辞儀をして、小瓶をギーシュの机の上に置いた。 そのお辞儀は、先ほど彼女がDIOにしたものに比べると、随分と素っ気ないものだったのだが、ギーシュは彼女の言葉を否定した。 「これは、僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」 しかし、その小瓶の出所に気づいたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎだした。 「おお?その香水はもしや、モンモランシーの物じゃないか?」 「そいつがギーシュのポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモランシーと付き合っているんだな?」 「違う。いいかい、彼女の名誉の為に言っておくが……」 ギーシュが何か言いかけたとき、後ろのテーブルに座っていた一年生の少女が、ギーシュの方に歩いてきた。 そして…… 「ウソツキッ!」 少女はギーシュが言い訳をする前に、彼の頬をひっぱたき、走り去っていった。 ギーシュは頬をさすった。 すると、遠くの席から、金髪の見事な巻き毛の少女が立ち上がった。 俯いて、表情が見えないまま、かつかつとギーシュの席までやってきた。 「モンモランシー。誤解だ。ケティとはただいっしょに、ラ・ロシェールの森へ遠乗りしただけ…」 ギーシュが言い終わらないうちに、モンモランシーはその目からポロポロと玉のような涙を流し始めた。 ギーシュはてっきり叩かれるものと思っていただけに、モンモランシーの反応が意外だった。 モンモランシーは俯いて泣きながら、一言「ひどい……」と呟いて、そのまま走り去っていった。 普段の快活で強気な彼女を知っているクラスメイトたちは、モンモランシーが周りを省みずに泣き出したことに衝撃を受けた。 彼女がよほどショックを受けているのだということが容易にわかった。 クラスメイトはギーシュに非難の目を向けた。 刺すような視線を感じながら、ギーシュは居心地が悪そうに言った。 「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」 モンモランシーたちに責任を転嫁するギーシュに、クラスメイトは呆れた。 シエスタは一通りの出来事を無関心に見届けると、DIOの側へ戻ろうとした。 が、 「待ちたまえ」 ギーシュが引き止めた。シエスタは再びギーシュの方へ向き直った。 「君が軽率に、香水の瓶なんかを拾い上げてくれたお陰で、二人のレディの名誉に傷がついた。どうしてくれるんだね」 どうやら全ての責任をシエスタに押しつけるつもりである。 シエスタは眉一つ動かさずに言った。 「は?おっしゃる意味が、分かりかねます。ミスタ・グラモン」 全く動揺しないシエスタに、ギーシュは段々いらつき始めた。 「ふん!平民如きに、貴族の機転を期待したのが間違いのようだな」 「……もうしわけございません、ミスタ・グラモン」 事務的なシエスタの返答が鼻についたのか、ギーシュは頬を痙攣させながら、杖を取り出した。 「そこに跪きたまえ。貴族に対する礼儀をおしえてやろうじゃないか」 「……………………」 シエスタ無言で跪いた。 (あーあ、ありゃ完璧切れてるわね) ルイズはその様子を肘をつきながらぼんやりと見やった。 ま、私には関係ないけど、と思いながら、ルイズはチラッとDIOの方を向いた。 「どうするの?あなたの専属のメイドさんが大ピンチよ?」 からかうように言うルイズに、DIOはワインのグラスをテーブルに起きながら、ニヤリと笑った。 「…そうだな。メイドの不始末は、主人の…このDIOの責任だろうよ」 白々しいと思いながらも、DIOの言葉にルイズも笑った。 奇しくもDIOと似たような笑みだった。 「さ、私がどれだけ苦労してるのか、せいぜい実感してくるといいわ」 ルイズの言葉を皮切りに、2人して同じ調子で 「「クックックックッ」」と笑った。 影がゆっくりと立ち上がった。 to be continued…… 21へ
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破壊の杖を使用した後の惨状を、 ルイズはやや感心したというような表情で見つめていた。 実際、ルイズは感心していた。 破壊の杖……つまりは、『ろけっとらんちゃー』なる武器の凄まじい威力に。 ―――素晴らしい。 爆発が起こった後には、草木1本残っていない。 自分の爆発にも、ある程度の自信があっが、 これはその遥かに上をゆく。 ルイズは密かに、この破壊力を今後の目標に定めた。 改めて目の前の光景を見る。 何もかもが吹っ飛ばされ、 場を支配しているのは『死』や、『無』だ。 その有様は、何故かひどくしっくりと自分に馴染んだ。 やがてその場の空気に当てられ、虚無感がルイズの中でリズムを取り始める。 何だか懐かしいリズムだ。 神経が研ぎすまされ、辺りの雑音が耳に入らなくなる。 体の中で何かが荒々しく暴れ、それが回転していく感覚……。 ルイズは目をつむって、しばらくそのリズムに身を任せていたが…… やがてそれは嘘のように消えていってしまった。 途端にルイズは不快になった。 もっとさっきの感覚を味わいたかったのに。 自分にとって、もっとも大切な何かを掴み掛けていたのに、 お預けを食らってしまった感じだった。 興奮覚めやらぬルイズは、 『破壊の杖』を再び手に取った。 もう一回ぶっ放せば、 またあの感覚を味わえるのではないかと思ったからだ。 先ほど撃った場所とは少し離れた場所に照準を合わせ、 ルイズはトリガーを押した。 しかし、弾が発射されることはなかった。 "カキン!"という音がするだけで、 『破壊の杖』はうんともすんともいわない。 思わぬ出来事に、ルイズはイラつきながら、 トリガーを連打した。 "カキン!""カキン!""カキン!"…… しかし、やはり何の反応もない。 苛立ちが頂点に達し、ルイズは『破壊の杖』を地面に叩きつけた。 「何でよ……!!」 ルイズの中に、もうあの時のリズムは影も形も無かった。 やり場のない怒りにしばし身を震わせるルイズは、 やがて1つの手がかりに行き着いた。 DIOだ。 DIOは、この『破壊の杖』の使い方を知っていた。 あいつなら、もう一回この杖を使う方法を知っているに違いない。 しかし、その肝心のDIOは、今この場にはいない。 キュルケ達に対する煙幕代わりに、ルイズが派遣したのだった。 ……もう片づいた頃だろうか? いずれにせよ、今のルイズにとって、『破壊の杖』は最優先事項だった。 DIOを呼び戻すべく、ルイズは杖を取り出し、 意識を集中した。 自分の魔力が抜き取られ、DIOへと流れていく感覚がルイズを襲う。 そのうちに奴はここに戻ってくるだろう。 それにしても、と倦怠感に耐えながらルイズは思う。 近頃、こうやって無理やりDIOに命令を聞かせたことはあまりないが、 何だか今回は奪われていく魔力がやけに多い気がする。 DIOの力が増していっている証拠だ。 いつかDIOが己の制御から抜け出す日が来るのではないかという不安が再び鎌首をもたげるが、 ルイズは直ぐにそれを打ち払った。 自分だって、強くなった。 今回のフーケ戦で、ルイズは自らの飛躍的な成長を実感していた。 越えられなかった壁を1つ、打ち壊せた気がする。 まだまだ自分は成長する、いや、成長せねばならぬのだ。 成長して、勝利せねばならないのだ。 でも、一体何に勝つというのか……?と、 考えようとしたら、段々頭がぼーっとし始めた。 靄がかかったみたいに、さっきまでの思考があやふやになっていく。 ―――はて、私、何考えてたんだっけか? ルイズはうんうん唸って思いだそうとしたが……思い出せない。 いけない、まだ頭の怪我が治りきっていないようだ。 そう思い、ルイズは2、3度頭を振った。 まぁいいや。 とにかく、自分は邁進せねばならぬのだ。 勝利して、支配する。 そう頭の中で結論を下したのと時を同じくして、 突如背後から物音が聞こえ、ルイズはひとまず思考を中断した。 ルイズの後ろの木の陰から姿を現したのは、DIOだった。 その姿を確認するや否や、 ルイズは地面に転がる『破壊の杖』を拾い上げ、 DIOに突きつけた。 「遅いわよ、まったく!! それよりこれ、さっき使った後から壊れちゃったみたいなんだけど、 あんた、直せる? ていうか直しなさい、全速力で」 猛烈な勢いでググッと詰め寄るルイズだが、 それとは対照的に、DIOは冷たい視線を送った。 彼曰く、『良いところ』で邪魔をされ、些か不満だったのだ。 無理やり呼びつけられたDIOが発する不機嫌オーラは、それはそれは結構なものなのだが、 しかしルイズは全く意に介した様子はない。 『破壊の杖』の事で頭がいっぱいなようだ。 好奇心と期待に溢れ、目が爛々と輝いている。 よくも悪くも真っ直ぐなルイズの姿勢に毒気を抜かれたのか、 DIOはフッと緊張を解いた。 「あぁ……それは単発式なのだ。 もう弾がない以上、一回こっきりの使い捨てだ」 「ウソッ!? じゃあ、もう使えないの、これ?」 ルイズは捨てられた子犬のような顔をしたが、 DIOは首を横に振った。 「諦めるんだな。 これはもう、ただの鈍器としてしか使えまい。 さて、色々あったが、 フーケとやらは消せたようだな。 ……ようやく任務完了といったところか」 DIOは、目の前に広がる焼け野原に目をやりながら言った。 しかしルイズは、DIOの言葉にチッチッチッと指を振った。 「いいえ、それは違うわ。 残念ながら、『逃げられた』の。 ロングビル=フーケの奇襲に対して、トリステイン魔法学院の生徒達は勇敢に奮闘。 『破壊の杖』を奪還するに至るも、 フーケは卑劣極まる手段を用いて私達の一瞬の隙をつき、逃走。 以後、消息不明となるわ……永遠にね」 これにて任務完了よ、と締め括り、 ルイズはエッヘンと胸を張った。 DIOは取り敢えず、賛辞の拍手を送った。 "パチパチパチ……"と、しばらくの間、白々しい拍手が森に響く。 「喜びに水を差すようで気が引けるが……」 1人悦に浸っているルイズに、DIOが素朴な疑問を投げかけた。 「フーケがいなくなった今、一体誰が帰りの馬車の御者をするのかな?」 ルイズは、さも当然と言うような清々しい笑顔を向けた。 「もちろん、使い魔のあんたがやるに決まってるじゃない。 今から馬車に戻るから、ついてきなさい」 返事を聞くことなく破壊の杖をDIOに押し付けると、 ルイズは軽やかな足取りで、馬車が待機している場所へと向かい始めた。 「………………」 DIOは黙ってそれを見送り、ルイズの姿が見えなくなった後、 深いため息をついた。 しかし、直ぐに意識を切り替えると、 ルイズの後を追わず、ゆっくりと近くの茂みへと分けいっていった。 ガサガサと音を立てながら茂みの中を物色した後、 やがて茂みの中から1本の枯れ枝らしいものを拾い上げた。 軽く力を入れただけで、ポッキリと折れてしまいそうなほどカラカラに干からびている。 しかし、それは枯れ枝ではなかった。 枯れ枝かと思われたそれは、かつてフーケと呼ばれていた人物の右腕だった。 ルイズによって根こそぎ吸血された結果、 生気のかけらも感じられない。 DIOはフーケの腕を手に持って、 『破壊の杖』によって引き起こされた爆発の中心部へと歩を進めた。 そこは、土くれのフーケが行方不明になった場所。 おそらく、この一帯の地面には、粉々に砕けた骨やら何やらが散らばっていることだろう。 殆ど燃え尽きてしまっているかもしれないが。 DIOは、やおらその腕を中心部に置いた。 そして辺りを見回して、 ポツリと呟いた。 「こうまでバラバラでは、無理かもしれないが……物は試しだな。 やってみる価値はある」 ―――そう、かつてのタルカスや、黒騎士ブラフォードのように。 「あの土人形、なかなかの物だったぞ。 お前ほどのメイジを、死なせるのは惜しい」 DIOは躊躇うことなく、己の手首をスパッと切り裂いた。 一瞬の間をおいて、真っ赤な血が噴き出してくる。 絵に描いたように美しい赤色だが、 その中には、屍生人の元となるエキス(Extract)がたっぷり詰まっている。 出血が続く手首を、フーケの右腕の上にかざす。 ドクドクと、DIOの血液がフーケの右腕や、周りの土に注がれていく。 不思議なことに、フーケの右腕は、まるでスポンジが水を吸い込むようにDIOの血液を吸収し、 その量に比例して、若々しい女性のソレへと戻っていった。 「私の血で、生き返るが良い……『土くれ』のフーケよ」 そして、念入りな血液投下が終わった。 しばらくの沈黙の後、フーケの右腕がピクピクと動き始めた。 次第にその活動は活発になっていき、やがて、陸に打ち上げられた魚のように、 ビタンビタンと跳ね回り始めた。 それを確認すると、DIOはニヤリと笑った。 成功だ。 右腕がクネクネと動き始める様子を、DIOは面白そうに眺めていたが、 その時、遠くからルイズの急かす声が聞こえてきた。 「ちょっと! おいていくわよ!?」 フーケの再生を全て見届けようとも思ったが、 DIOは仕方なく諦めた。 そして、手首のキズをペロリとなめた。 すると、傷口がスゥッと塞がっていき、やがて完全に治ってしまった。 「今行く。 忘れ物を探していたんだ。 もう見つかったよ」 去り際にフーケの右腕に視線を投げかけつつ、DIOはそう答えた。 フーケ戦、終了!! 獲得賞品一覧 『微熱』のキュルケ……名誉。 『雪風』のタバサ……名誉。 『ゼロ』のルイズ……名誉+多額の財宝。 DIO……無し。強いて言えば、手駒。 to be continued…… 48へ
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魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れた。 整列した生徒達が一斉に杖を掲げて、歓迎の意を表す。 本塔の玄関にはオスマン氏が立ち、王女の一行を出迎えた。 呼び出しの衛士が、緊張した声で王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなりであるッ!」 枢機卿のマザリーニに続いて現れた姫殿下の姿を見て、 生徒達は歓声を上げた。 アンリエッタはニッコリと微笑を浮かべて、優雅に手を振った。 誰も彼もが、緋毛氈の絨毯を進む一輪の華に釘付けかと思われたが、 いつの時も、例外はある。 「ねぇ、ルイズ。 さっきの授業……少しばかりやりすぎじゃなかった? そりゃあ、胸がスッとしたのは確かだけど」 観衆達より一歩引いた場所にいたルイズ御一行である。 キュルケは、最初こそ異国トリステインの王女を物珍しげに眺めていたが、 あらかた値踏みをすると、瞬く間に興味を失っていた。 「言及無用よツェルプストー。 あのゲス、思い返しただけでムカムカするわ。 あんなのがのさばってたら、貴族の格が落ちるっての。 殺したいほどだわ……!」 物騒なルイズの返答に、キュルケは空恐ろしいものを感じた。 皆王女に夢中なので、今現在話し相手がルイズしかいないキュルケは、 自己憐憫に終始することとなった。 タバサは……まだ帰ってきていない。 心配といえば心配だが、まさか取って食われたりはしないだろう。 そう考えて、この場にいない親友の無事を祈りつつ、 キュルケは再びルイズを見た。 先程まで、キュルケと同じように暇そうな空気を纏っていたルイズが、 途端に真面目な顔つきで一点を見つめている。 何事かと思い、キュルケはルイズの見ている方に目を凝らした。 その先には、見事な羽帽子をかぶり、これまた見事な髭をたくわえた、 凛々しい貴族の姿があった。 特に、髭のもたらすダンディーな雰囲気が、 キュルケにとってストライクであった。 久方ぶりに己の胸に去来する微熱を感じつつ、 キュルケはしたり顔で笑った。 ほほぅヴァリエールめ、近頃妙に豪儀に見えたが やはり色事には弱いと見える――― そう思い、早速からかってやろうとしたが、 ルイズの真面目な表情は、 次第に苦虫を噛み潰したようなそれへと移り変わった。 そして、見ているだけで不安になってくる程真っ青になって、 ブルブル震え始めた。 「ロ、ロードローラーが……」 などとブツブツ独り言を言い出す始末。 少なくとも、好いた惚れたといったような反応ではない。 どう声をかけてやればよいか分からず、その場に立ちすくむキュルケをよそに、 ルイズは踵を返して、寮の方へと帰っていってしまった。 そして、のっしのっしと肩を怒らせて歩み去るルイズと入れ替わるように、 タバサがキュルケの方に歩いてきた。 ミスタ・コルベールによる教育的指導が終わったのだ。 本を片手に俯いているので、どんな顔をしているのかは分からなかったが、 大丈夫なようだ。 「あらタバサ! お勤めご苦労様といったところね。 心配してたわよ!」 そう労って、キュルケはタバサの頭をガシガシと撫でた。 綺麗な空色の髪がボサボサになったが、 いつものことながらタバサは無反応だった。 「ま、これでわかったでしょ? あの先生の前で、頭の話は禁句なの」 キュルケのからかい半分の言葉に、タバサの肩が僅かに揺れ、 ゆっくりと顔を上げた。 顔を上げたタバサの目には、 光が全くなかった。 虚ろな、死んだ魚のように黒く澱んだ瞳が、 ぼんやりと虚空を捉えている。 「彼ノ頭ハ素晴ラシイ」「へ?」 突如口を開いたタバサ。 キュルケはタバサの声を聞いて、ようやく彼女の異変に気づいた。 彼女の形相はまさに、邪教徒が教祖を崇めるそれであったのだ。 「彼ノ頭ハ、コノ黄金ニ輝ク太陽ヨリモ明ルク、 私達ノ道ヲ照ラシ出シテイル……」 まるで無理やり合成して絞り出したかのような無機質な声である。 キュルケの目から、ポロポロと涙が零れた。 ―――あぁ、何ということか。 あまりにも過酷な仕打ちに、このか弱い少女の心は 耐えきれずに押し潰されてしまったのだ。 流れる涙を拭いもせず、キュルケはタバサを抱きしめた。 温かな胸の中で、タバサがもがいたが、 それは余りにも弱々しいものだった。 「彼ノ頭ハ……!」 「えぇ……えぇ! 分かったわ。 分かったから、私達も行きましょう、ね?」 譫言のように繰り返すタバサの手をそっと取って、 キュルケは学生寮へと向かった。 おぼつかない足取りのタバサだが、それでも握った手は離さない。 2人の手は固い何かで結ばれているかのように、 しっかりと繋がれていた。 ……まぁ、一晩したら治るだろう。多分。 その日の夜、ルイズはベッドに腰掛け、 枕を抱いてぼんやりと自分の使い魔を見つめていた。 ソファーに横たわるDIOは、相変わらず本を読んでいる。 もう殆どトリステインの言語体系を身につけたのか、 本のレベルが近頃上がっている気がする。 明けても暮れても本本本なこの使い魔、図書館をコンプリートするつもりだろうか。 ルイズは思う。 これまでの立ち振る舞いで分かったが、 元いた世界では、DIOはかなり身分の高い者だったのだろう。 実際はジャイアニズムの体現みたいなことばかりやってるくせに、 文句一つ言われないのがいい証拠だ。 みんな自覚の有る無しは別として、無意識下で認めてしまっているのだ。常に人を使役する者のみが身に纏うオーラ。 DIOからはそれが痛いほどに伝わってくる。 だからこそ不思議だった。 そこまで唯我独尊な奴が、どうしてホイホイ私の使い魔なんかになってくれているのか。 そしてそれよりも、DIOがこれまで送ってきた人生に強い興味を持っている自分がいた。 「そういえば、アンタってば召喚された時、 バラバラのグッチョグチヨだったのよね……」 何の気なしに声を掛けられて、 DIOは本から顔を上げた。 「何があったのかしら? よければ教えて頂戴。 興味があるの」 DIOは深い苦悩のため息をついた。 およそ自分を帝王と名乗るような男には不釣り合いな行動に、 ルイズは少し眉をひそめた。 DIOは暫く言うべきかどうか悩んだ後、 ようやっと口を開いた。 「……ルイズ、君は『運命』を信じるか?」 何を急にロマンチックな事を言い出すのかと思ったが、 DIOの顔は真剣そのものである。 部屋を支配し始めた緊張に、ルイズは背筋を伸ばした。 「運命……?」 「そうだ。 どれだけ絢爛な路を歩んでいようが、 ふとした瞬間、何の間違いか道端に転がる石に躓いてしまう。 ……神が本当にこの世にいるとして、 そうした采配を司る運命というものの存在を、 君は信じるか?」 言われて、ルイズの脳裏には、仇敵であるツェルプストーの顔が浮かんだ。 何代にもわたって紡がれてきた因縁の歴史。 殺し殺された一族の人数は、双方とももはや数え切れないほどだ。 領地も隣同士で、その上魔術学院では部屋も隣同士。 なるほど、運命と言っても過言ではないかもしれない。 ツェルプストーの胸が豊かなのに比べて、 私の胸が、その、お世辞にも大きいとは言えないのも。 私が魔法を使えない『ゼロ』なのも、 ひょっとすると運命なのだろうか。 「私が若い頃……まだ人間だった頃…… ジョースターという一族の男と争うことになった。 ジョナサンという名でな。 叩けば叩くほど伸びる、爆発力を持った男だった。 奴との争いの日々の中、私は吸血鬼となり、 人間という枠を超えた生物となったが……」 「その、ジョースターって奴に?」 「…うむ、不覚を取った。 私は敗れ、海中に逃れ、百年の眠りにつく羽目になった。 そして目覚めた後も……そう、一度ならず二度も、 私は同じ一族の末裔に敗れたのだ。 まさに運命の巡り合わせによる皮肉と言えるだろう」 ルイズは目を見開いた。 信じられない。 負けたというのだ、このDIOが。 それも二度も。 どんな傷だって治るし、 どんな貴族だってかなわないほどエレガントなこのDIOが。 変な能力だって持ってるし、 目からビームだってだせるのに。 敗れたというのか。 最初こそ何てキモい使い魔かと思ったものだが、 今ではすっかり慣れたものだし、慣れればなかなか役に立つ奴だ。 何を考えているかとんと分からないが、 強いし頼りになる。 俄かには受け入れられない話だった。 「それが、あんたの人生で、 取り除かねばならない汚点……!!」 唇を血が滲むほどに噛み締め、ルイズは震えた。 我が事のように、ルイズは怒りを覚えていたのだ。 見たことも、聞いたこともない一族に対して、 メラメラと黒い炎が燃え上がる。 それは、ルーン越しに伝わってくるDIOの感情なのか、 それともルイズのシンパシーなのかは最後まで分からなかったが。 怒りに打ち震えるルイズの前に、DIOが立ち上がった。 「ルイズ、覚えておけ。 君が覇道を進むにおいて、いつか、何らかの形で障害が現れるだろう。 それは試練のようなものだ。 君はそれを乗り越えねばならない。 あらゆる恐怖を克服しろ…… 帝王にはそれが必要だ」 もちろん、彼の話は他人事として聞き流すことが出来ないものであった。 得体の知れない怒りの中であっても、ルイズの心の冷静な部分が、 DIOの話を一つの教訓として刻んでいた。 「……って、ちょっと待ってよ! それじゃまるで、私が世界征服でも目論んでるみたいじゃない!!」 ルイズの突っ込みに、DIOはさぞ驚いたというような顔をして笑った。 「じ、冗談じゃない!…………………かな? い、いや、私の言いたいことはそういうことじゃなくって!」 否定しきれないところが、ルイズの迷いの現れだった。 モニョモニョと指をいじくりながら、 恥ずかしそうに俯くルイズだが、意を決して顔を上げた。 「……やっぱり私は『運命』なんて受け入れない。 信じるとしても、良い運命しか信じないわ。 例え崖から突き落とされたって私は諦めない。 最後の最後まで、ロープが垂れてくるって信じてる。 悪い運命なんて、それこそ叩き潰してしまえばいいんだわ。 あんただってそうするでしょう、違う?」 DIOはルイズの目を覗き込んで、笑みを深めた。 そして、ルイズの頭をクシャクシャと撫でた。 綺麗な桃色の髪がボサボサになったが、 ルイズは思わず目をつむってされるに任せた。 カトレアに抱き締められるのとはまた違った安心感が、 ルイズを包む。 「ハハハハハ……だからこそ君は私の 『マスター』なのだよ、ルイズ」 DIOの手は冷たくて、死人のように温度を感じなかったけれど、 ルイズは確かな温もりを覚えていた。 「な、何笑ってんのよこのバカ!!」 慌てて頭に置かれた手をはねのけて、 ルイズはDIOの胸をバシバシと叩いた。 本当は頭を叩いてやりたいところだったが、 悲しいかな、ルイズの身長ではどれだけ背伸びをしても、 胸のあたりで精一杯だった。 羞恥心で真っ赤になりながら叩くルイズだが、 DIOはそれでも笑っていた。 子供扱いされている気がして、ルイズの羞恥は頂点に達した。 「ッッ~~~笑うなァ!」 とうとう蹴りを入れはじめたのであった。 そんな風にルイズが一人相撲をしていると、 ドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回と……。 規則正しく繰り返されるそのノックの仕方に覚えがあるのか、 ルイズがはっとした顔になった。 いそいそと乱れたブラウスを正してドアへと駆けより、 ルイズはドアを開いた。そこに立っていたのは、 真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。 to be continued……
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魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れた。 整列した生徒達が一斉に杖を掲げて、歓迎の意を表す。 本塔の玄関にはオスマン氏が立ち、王女の一行を出迎えた。 呼び出しの衛士が、緊張した声で王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなりであるッ!」 枢機卿のマザリーニに続いて現れた姫殿下の姿を見て、 生徒達は歓声を上げた。 アンリエッタはニッコリと微笑を浮かべて、優雅に手を振った。 誰も彼もが、緋毛氈の絨毯を進む一輪の華に釘付けかと思われたが、 いつの時も、例外はある。 「ねぇ、ルイズ。 さっきの授業……少しばかりやりすぎじゃなかった? そりゃあ、胸がスッとしたのは確かだけど」 観衆達より一歩引いた場所にいたルイズ御一行である。 キュルケは、最初こそ異国トリステインの王女を物珍しげに眺めていたが、 あらかた値踏みをすると、瞬く間に興味を失っていた。 「言及無用よツェルプストー。 あのゲス、思い返しただけでムカムカするわ。 あんなのがのさばってたら、貴族の格が落ちるっての。 殺したいほどだわ……!」 物騒なルイズの返答に、キュルケは空恐ろしいものを感じた。 皆王女に夢中なので、今現在話し相手がルイズしかいないキュルケは、 自己憐憫に終始することとなった。 タバサは……まだ帰ってきていない。 心配といえば心配だが、まさか取って食われたりはしないだろう。 そう考えて、この場にいない親友の無事を祈りつつ、 キュルケは再びルイズを見た。 先程まで、キュルケと同じように暇そうな空気を纏っていたルイズが、 途端に真面目な顔つきで一点を見つめている。 何事かと思い、キュルケはルイズの見ている方に目を凝らした。 その先には、見事な羽帽子をかぶり、これまた見事な髭をたくわえた、 凛々しい貴族の姿があった。 特に、髭のもたらすダンディーな雰囲気が、 キュルケにとってストライクであった。 久方ぶりに己の胸に去来する微熱を感じつつ、 キュルケはしたり顔で笑った。 ほほぅヴァリエールめ、近頃妙に豪儀に見えたが やはり色事には弱いと見える――― そう思い、早速からかってやろうとしたが、 ルイズの真面目な表情は、 次第に苦虫を噛み潰したようなそれへと移り変わった。 そして、見ているだけで不安になってくる程真っ青になって、 ブルブル震え始めた。 「ロ、ロードローラーが……」 などとブツブツ独り言を言い出す始末。 少なくとも、好いた惚れたといったような反応ではない。 どう声をかけてやればよいか分からず、その場に立ちすくむキュルケをよそに、 ルイズは踵を返して、寮の方へと帰っていってしまった。 そして、のっしのっしと肩を怒らせて歩み去るルイズと入れ替わるように、 タバサがキュルケの方に歩いてきた。 ミスタ・コルベールによる教育的指導が終わったのだ。 本を片手に俯いているので、どんな顔をしているのかは分からなかったが、 大丈夫なようだ。 「あらタバサ! お勤めご苦労様といったところね。 心配してたわよ!」 そう労って、キュルケはタバサの頭をガシガシと撫でた。 綺麗な空色の髪がボサボサになったが、 いつものことながらタバサは無反応だった。 「ま、これでわかったでしょ? あの先生の前で、頭の話は禁句なの」 キュルケのからかい半分の言葉に、タバサの肩が僅かに揺れ、 ゆっくりと顔を上げた。 顔を上げたタバサの目には、 光が全くなかった。 虚ろな、死んだ魚のように黒く澱んだ瞳が、 ぼんやりと虚空を捉えている。 「彼ノ頭ハ素晴ラシイ」「へ?」 突如口を開いたタバサ。 キュルケはタバサの声を聞いて、ようやく彼女の異変に気づいた。 彼女の形相はまさに、邪教徒が教祖を崇めるそれであったのだ。 「彼ノ頭ハ、コノ黄金ニ輝ク太陽ヨリモ明ルク、 私達ノ道ヲ照ラシ出シテイル……」 まるで無理やり合成して絞り出したかのような無機質な声である。 キュルケの目から、ポロポロと涙が零れた。 ―――あぁ、何ということか。 あまりにも過酷な仕打ちに、このか弱い少女の心は 耐えきれずに押し潰されてしまったのだ。 流れる涙を拭いもせず、キュルケはタバサを抱きしめた。 温かな胸の中で、タバサがもがいたが、 それは余りにも弱々しいものだった。 「彼ノ頭ハ……!」 「えぇ……えぇ! 分かったわ。 分かったから、私達も行きましょう、ね?」 譫言のように繰り返すタバサの手をそっと取って、 キュルケは学生寮へと向かった。 おぼつかない足取りのタバサだが、それでも握った手は離さない。 2人の手は固い何かで結ばれているかのように、 しっかりと繋がれていた。 ……まぁ、一晩したら治るだろう。多分。 その日の夜、ルイズはベッドに腰掛け、 枕を抱いてぼんやりと自分の使い魔を見つめていた。 ソファーに横たわるDIOは、相変わらず本を読んでいる。 もう殆どトリステインの言語体系を身につけたのか、 本のレベルが近頃上がっている気がする。 明けても暮れても本本本なこの使い魔、図書館をコンプリートするつもりだろうか。 ルイズは思う。 これまでの立ち振る舞いで分かったが、 元いた世界では、DIOはかなり身分の高い者だったのだろう。 実際はジャイアニズムの体現みたいなことばかりやってるくせに、 文句一つ言われないのがいい証拠だ。 みんな自覚の有る無しは別として、無意識下で認めてしまっているのだ。常に人を使役する者のみが身に纏うオーラ。 DIOからはそれが痛いほどに伝わってくる。 だからこそ不思議だった。 そこまで唯我独尊な奴が、どうしてホイホイ私の使い魔なんかになってくれているのか。 そしてそれよりも、DIOがこれまで送ってきた人生に強い興味を持っている自分がいた。 「そういえば、アンタってば召喚された時、 バラバラのグッチョグチヨだったのよね……」 何の気なしに声を掛けられて、 DIOは本から顔を上げた。 「何があったのかしら? よければ教えて頂戴。 興味があるの」 DIOは深い苦悩のため息をついた。 およそ自分を帝王と名乗るような男には不釣り合いな行動に、 ルイズは少し眉をひそめた。 DIOは暫く言うべきかどうか悩んだ後、 ようやっと口を開いた。 「……ルイズ、君は『運命』を信じるか?」 何を急にロマンチックな事を言い出すのかと思ったが、 DIOの顔は真剣そのものである。 部屋を支配し始めた緊張に、ルイズは背筋を伸ばした。 「運命……?」 「そうだ。 どれだけ絢爛な路を歩んでいようが、 ふとした瞬間、何の間違いか道端に転がる石に躓いてしまう。 ……神が本当にこの世にいるとして、 そうした采配を司る運命というものの存在を、 君は信じるか?」 言われて、ルイズの脳裏には、仇敵であるツェルプストーの顔が浮かんだ。 何代にもわたって紡がれてきた因縁の歴史。 殺し殺された一族の人数は、双方とももはや数え切れないほどだ。 領地も隣同士で、その上魔術学院では部屋も隣同士。 なるほど、運命と言っても過言ではないかもしれない。 ツェルプストーの胸が豊かなのに比べて、 私の胸が、その、お世辞にも大きいとは言えないのも。 私が魔法を使えない『ゼロ』なのも、 ひょっとすると運命なのだろうか。 「私が若い頃……まだ人間だった頃…… ジョースターという一族の男と争うことになった。 ジョナサンという名でな。 叩けば叩くほど伸びる、爆発力を持った男だった。 奴との争いの日々の中、私は吸血鬼となり、 人間という枠を超えた生物となったが……」 「その、ジョースターって奴に?」 「…うむ、不覚を取った。 私は敗れ、海中に逃れ、百年の眠りにつく羽目になった。 そして目覚めた後も……そう、一度ならず二度も、 私は同じ一族の末裔に敗れたのだ。 まさに運命の巡り合わせによる皮肉と言えるだろう」 ルイズは目を見開いた。 信じられない。 負けたというのだ、このDIOが。 それも二度も。 どんな傷だって治るし、 どんな貴族だってかなわないほどエレガントなこのDIOが。 変な能力だって持ってるし、 目からビームだってだせるのに。 敗れたというのか。 最初こそ何てキモい使い魔かと思ったものだが、 今ではすっかり慣れたものだし、慣れればなかなか役に立つ奴だ。 何を考えているかとんと分からないが、 強いし頼りになる。 俄かには受け入れられない話だった。 「それが、あんたの人生で、 取り除かねばならない汚点……!!」 唇を血が滲むほどに噛み締め、ルイズは震えた。 我が事のように、ルイズは怒りを覚えていたのだ。 見たことも、聞いたこともない一族に対して、 メラメラと黒い炎が燃え上がる。 それは、ルーン越しに伝わってくるDIOの感情なのか、 それともルイズのシンパシーなのかは最後まで分からなかったが。 怒りに打ち震えるルイズの前に、DIOが立ち上がった。 「ルイズ、覚えておけ。 君が覇道を進むにおいて、いつか、何らかの形で障害が現れるだろう。 それは試練のようなものだ。 君はそれを乗り越えねばならない。 あらゆる恐怖を克服しろ…… 帝王にはそれが必要だ」 もちろん、彼の話は他人事として聞き流すことが出来ないものであった。 得体の知れない怒りの中であっても、ルイズの心の冷静な部分が、 DIOの話を一つの教訓として刻んでいた。 「……って、ちょっと待ってよ! それじゃまるで、私が世界征服でも目論んでるみたいじゃない!!」 ルイズの突っ込みに、DIOはさぞ驚いたというような顔をして笑った。 「じ、冗談じゃない!…………………かな? い、いや、私の言いたいことはそういうことじゃなくって!」 否定しきれないところが、ルイズの迷いの現れだった。 モニョモニョと指をいじくりながら、 恥ずかしそうに俯くルイズだが、意を決して顔を上げた。 「……やっぱり私は『運命』なんて受け入れない。 信じるとしても、良い運命しか信じないわ。 例え崖から突き落とされたって私は諦めない。 最後の最後まで、ロープが垂れてくるって信じてる。 悪い運命なんて、それこそ叩き潰してしまえばいいんだわ。 あんただってそうするでしょう、違う?」 DIOはルイズの目を覗き込んで、笑みを深めた。 そして、ルイズの頭をクシャクシャと撫でた。 綺麗な桃色の髪がボサボサになったが、 ルイズは思わず目をつむってされるに任せた。 カトレアに抱き締められるのとはまた違った安心感が、 ルイズを包む。 「ハハハハハ……だからこそ君は私の 『マスター』なのだよ、ルイズ」 DIOの手は冷たくて、死人のように温度を感じなかったけれど、 ルイズは確かな温もりを覚えていた。 「な、何笑ってんのよこのバカ!!」 慌てて頭に置かれた手をはねのけて、 ルイズはDIOの胸をバシバシと叩いた。 本当は頭を叩いてやりたいところだったが、 悲しいかな、ルイズの身長ではどれだけ背伸びをしても、 胸のあたりで精一杯だった。 羞恥心で真っ赤になりながら叩くルイズだが、 DIOはそれでも笑っていた。 子供扱いされている気がして、ルイズの羞恥は頂点に達した。 「ッッ~~~笑うなァ!」 とうとう蹴りを入れはじめたのであった。 そんな風にルイズが一人相撲をしていると、 ドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回と……。 規則正しく繰り返されるそのノックの仕方に覚えがあるのか、 ルイズがはっとした顔になった。 いそいそと乱れたブラウスを正してドアへと駆けより、 ルイズはドアを開いた。そこに立っていたのは、 真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。 to be continued…… 50へ 戻る 52へ
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トリステインの城下町を、ルイズと、それに続いてDIOが歩いていた。 白い石造りの街はそれなりに綺麗ではあったが、魔法学院に比べると、質素ななりの人間の方が多い。 道端で声を張り上げて様々なものを売る商人達の姿や、老若男女が取り混ぜ歩いている様子は、元の世界のエジプトを思わせる。 DIOはほんの少しだけ感慨に耽った。 町の様子を見る限りでは、この世界の文化レベルは、DIOが若かった頃と同じか、それ以下らしい。 少なくとも車は走っていないようだ。 「『ブルドンネ街』。トリステインで一番大きな通りよ」 「…狭いな」 道幅は5メイルもなく、大勢の人が行き来しているので、歩くのも一苦労だ。 道行く人と時々肩をぶつからせ、DIOはもどかしそうに呟いた。 「狭いって……文句をいわれても困るわ。 そう言えば、あなたの世界はどうだったの?」 ルイズはトリステイン自慢の城下町に文句を付けられて、眉をひそめたが、ふと思いついたのか、尋ねてみた。 「道はここよりもだいぶ広いが、その分だけ人間が多い。 人口密度でいえば、寧ろ私の世界の方が高いかもな」 「は? でもあんたさっき狭いって……」 「別に人が多いからといって、そんな事は私の通行には関係ない……」 「ふぅ~ん?」 含みを持たせたようなDIOの言葉に、ルイズは首を傾げたが、どうでもよかったので直ぐに再び前を向いた。 ルイズの話によると、この界隈には魔法を使うスリが出るらしい。 魔法を使うのは貴族だけなのではないのかとDIOが聞くと、メイジの全てが貴族というわけではないらしい。 いろいろな事情で、勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊などが、身をやつして傭兵や犯罪者になる例は少なくないのだそうだ。 つらつらと貴族のお家事情を話していたルイズだったが、曲がり角で立ち止まり、さらに狭い路地裏へと入っていった。 悪臭が漂い、ゴミや汚物が道端に転がっていて、どうみても貴族はお呼びではない所だ。 DIOは顔をしかめた。 「あっ、あったわ」 ルイズは四辻に出て、剣の形をした看板が下がっている店を見つけると、ルイズはうれしそうに呟いた。 そこがどうやら武器屋であるらしかった。 店にはいると、昼間だというのに薄暗く、ランプの明かりが灯っていた。 最近どうも日光が苦手になっているルイズには、かえって有り難かった。 壁や棚に、所狭しと剣や槍が並べられ、甲冑も飾ってあった。 店の奥でパイプを加えていたオヤジが、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめたが、紐タイに留めに描かれた貴族の印に気づくと、パイプをはなし、ドスの利いた声を出した。 「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目を付けられるようなことなんか、これっぽちもありませんや」 「客よ」 ルイズは腕を組んだ。 「こりゃおったまげた。貴族が剣を!おったまげた!」 からかうような口調でいうオヤジに、ルイズはムッとした。 「どうしてかしら?」 「いえ、お嬢様。坊主は聖具を振る。兵隊は剣を振る。貴族は杖を振る。そして陛下はバルコニーからお手をお振りになると、相場は決まっておりますんで…」 「あら、振って欲しいのかしら?」 ルイズは懐から杖をちらつかせた。 「め、滅相もございませんで…」 オヤジは取り繕うように言った。 ルイズは杖を仕舞って言った。 「使うのは私じゃなくて、使い魔よ」 「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も、剣を振るようで」 オヤジは商売っ気と、ルイズの顔色を伺うように、お愛想を言ってから、DIOをじろりと見た。 DIOがその赤い眼で見返すと、オヤジは怯えたように、慌てて目をそらした。 「け、剣をお使いになるのは…この方で?」 ルイズは首を振った。 「使うのは確かにそいつだけど、買うのは剣じゃなくて、ナイフよ。」 オヤジはばつが悪そうにうなった。 「はぁ…申し訳ありませんが、今ナイフは数があまりなくて…10本ばかりしかありませんで、へぇ」 「あら…そうなの? 困ったわね…どうしようかしら」 ルイズは予想外の返答に閉口した。 ここで100本ほどまとめ買いするつもりだったのだ。 早くも目的の一つが頓挫したことになる。 どうしよう…と悩むルイズに、オヤジが提案した。 「では、ナイフに加えて、剣も一本見繕うというのはどうでしょうか? 値段は勉強しておきますが…」 値段もまけてもらえると聞いて、ルイズはオヤジの提案を受け入れることにした。 「そうね、別に手持ち無沙汰って訳じゃないから、そうするわ。私は剣のことなんかわからないから、適当に選んでちょうだい。 値段はどうでもいいから」 オヤジはいそいそと奥の倉庫に消えた。 彼は2人に聞こえないように、小声で呟いた。 「やれやれ、どちらもどちらで、おっかねぇ。 こりゃ、早めにお帰り願った方が吉ってやつだ」 しかし、さっきの口振りからすると、随分と羽振りは良いようである。 オヤジは商売根性剥き出しに、ぼったくってみることにした。 立派な剣を、油布で拭きながら、オヤジは現れた。 「これなんか、いかがです?」 1・5メイルはあろうかという、見事な大剣だった。 所々に宝石が散りばめられていて、鏡のように諸刃の刀身が光っている。 頑丈そうだ。 「店一番の業物でさ。 貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな。 やっこさんの体格なら、ピッタリですぜ」 DIOは興味がないのか、店の中を見ているだけなので、かわりにルイズが剣を見た。 ルイズはこれで良いだろうと思った。 店一番とオヤジが太鼓判を押したのも気に入った。 おそらくソレは本当だろう。 …後は、向こうがどれだけふっかけてくるかである。 (…気づいてるのよ、このスカタン!) ルイズは心の中で呟いた。 オヤジの愛想笑いの下にある、ドロドロした商売根性を、ルイズは敏感に感じていた。 ルイズはそんな事は全く臆面にも出さずに、値段を聞いた。 「おいくら?」 「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。 魔法がかかっておりますから、鉄だって一刀両断でさ。 ごらんなさい、ここに名前が刻まれているでしょう? おやすかぁありませんぜ」 質問に質問で返してくるオヤジにいらつきながらも、ルイズはどうでもよさげに言い放った。 「お・い・く・ら?」 オヤジはムッとしつつも値段を告げた。 「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」 (そらきた!) ルイズは心の中でペッと唾を吐いた。 エキュー金貨で二千? 庭付きの豪邸が買える額だ。 いくらゲルマニアのシュペー卿だかカペー朝だかが鍛えたといっても、そこまでするはずがない。 というか、そもそもこんなボロ店が、そんな額の剣を仕入れられる訳がない。 明らかにぼったくりだ。 ルイズはふぅとため息をつくと、姉のカトレアが言っていたことを思い返した。 ―――カトレアから――― こういった庶民が利用する店では、貴族の常識はまったく通用しないわ……というのも、値段がすごくいい加減なの。 日常の値打ちを知らない貴族なんかは、いったいいくらなのか見当もつかないから、すごくカモられてしまうの。 …で…もね、ルイズ。 その世界では、カモることは悪いことじゃないのよ。 だまされて、買ってしまう人がヌケサクなの。 ここで、買い物の仕方を解説するわ。 例えば―――この場合、私はお見通しだよん! という態度をとって 「エキュー金貨で二千?カッカッカッカバカにしちゃあいかんよ君ィー。 高い高いー!」 ……と、大声で笑うの。 すると 「いくらなら買うね?」 ……と、客に決めさせようと探ってくるわ。 「ナイフ込みで、五百エキュー金貨にしなさい!」 自分でもこんなに安く言っちゃって悪いなぁ~~というくらいの値を言う。 すると 「オッほっほっほっほっほ~っ」 本気(マジ)~~? 常識あんの~~? と、人を小バカにした態度で 「そんな値で売ってたら、わたしの家族全員飢え死にだもんねーーっ!」 ギィーッと首をカッ切る真似をしてくるの…。 でもね、ルイズ! ここで気負けしちゃダメよ。 「そ。じゃあ買うのやめたわ」 帰るマネをしてみましょう。 「O.K.フレンド。わたし貴族に親切ね。 ナイフ込みで、千八百エキューにするね」 …といって引き止めてくるわ。 「七百エキューにしなさいよ」 ―――値段交渉開始ーッ! ――― 「千七百!」 「八百!」 「千五百!」 「千!」 …………中略 「「千二百五十!」」 「千二百五十! 買ったッ!」 やったーっ! 四割近くまけてやったわ! ざまーみろ! モーケタモーケタ! (ニコニコ) ………と思っていると 「バイバイサンキューねっ!(いつもは千百で売ってるもんねベロベロベー)」 ちなみに、平民が一年で消費する金額の平均は、百エキューである。 「……………………… ……やれやれだな」 DIOの呆れた呟きは、2人に届かないまま虚空に響いた。 to be continued…… 31へ
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結果的にルイズの企みはほぼ失敗したといえる。 あのあとDIOが帰ってきてから、ルイズは1も2もなくDIOに魔力を流す訓練をした。 少しずつ少しずつ流してゆくのは実に骨が折れた。 気を抜けば、蛇口を壊したみたいに抜けていってしまう。 2、3時間の試行錯誤の後、ルイズは肌でその調整を覚えた。 そして、DIOの意に反する命令を聞かせるには、相応の魔力を代償にされることを、数回の気絶の後、ルイズは知った。 仮にルイズが一時間に生産できる魔力を10として、DIOに強制命令執行を行うには15必要とすれば、その差額の5が、気絶というかたちでルイズに跳ね返ってくるのだ。 巨大なダンプカーを操縦しているような気分だった。 操作性最悪だ。 燃費も余りに悪すぎる。 取り敢えずルイズはルーンを介してDIOに洗濯を命令してみた。 当たり前のようにルイズは気絶した。 しかし、二時間後に失敗を悟ったルイズが目を覚まして裏庭に向かうと、意外や意外、自分の服が綺麗に洗濯されて整然と干されていた。 ルイズの純白の下着が、ユラユラと風に揺れていた。 怪訝な顔を向けるルイズに、DIOは答えた。 「使い魔になると、約束したじゃあないか、『マスター』。 これくらいのことはするさ」 「せ、洗濯、上手ね」 「……昔とった杵柄だ」 完璧すぎて、嫌みにしか聞こえない。 DIOは表面上は穏やかだが、すねたような、嫌そうな雰囲気がルーンを介してしっかり伝わってきて、実に心地よかった。 しかしなんだ、別に無理やりさせなくても、使い魔としての仕事はやってくれるらしい。 ありがたいといえば、ありがたいが、素直すぎて逆にルイズは不気味だった。 一線を越えるような命令には従わないが、何を考えているのかわからない。 一応警戒するものの、同時にルイズは、化け物のくせに優雅で貴族然としたDIOにこうした汚れ仕事をさせることに、ゾクゾクするような背徳的な喜びを覚えた。 気がしただけだが。 2メイル近い屈強な男が、自分の命令でゴシゴシ洗濯していただろう姿を想像して、ルイズはうっとりした。 (今度から見学してみようかしら……) ルイズは案外ダメな人間だった。 使い魔として働いてくれるDIOにすっかり味を占めたルイズは、段々調子に乗り始めた。 ルイズそれを自覚していたが、こんな楽しいこと、止められそうにもなかった。 掃除をさせて、キレイになった部屋のぐるりを見回して、ルイズは得意になった。 (もっと鍛錬を積んで、魔力を増やしてゆけばゆくゆくは……) 輝かしい未来を妄想して、ルイズはウキウキした。 床につく前、ルイズはDIOに一冊の本を貸した。 彼女が子供の頃、よく姉のカトレアに読んでもらった、思い出の品だった。 ありがたく読むようにと言うルイズに、DIOは何も言わずに本を受け取り、宝物庫からパチってきたソファーに横になった。 (……………………………) ルイズは今度はDIOに床で寝るように命令してみた。 ルイズの意識が急速に遠のいた。 何故だろうか、昨日と違って、DIOには何の変化もなく、ソファーでルイズが貸した本を読み始めていた。 いずれにせよどうやらルイズにはまだ過ぎた命令らしかった。 レベル不足という奴だ。 だが、今度はちゃっかりベッドの上からためしていたので、問題は無かった。 いつか絶対に床に寝かしちゃる……と薄れる意識の中で固く決意しながら、ルイズはポテンとベッドに伏せった。 明日は学級閉鎖が解かれ、召喚を行ったクラスメイト達が初めて顔を合わせる日だ。 そう思うと、ルイズは複雑な気持ちでいっぱいだった。 翌朝、ルイズはやはり部屋に溢れる陽光で目を覚ました。 カーテンは閉められていて薄暗いものの、その光をウザったく思いながら、ルイズはもぞもぞとベッドから起きた。 「服~」 薄闇の向こうから、ポーンと上下が飛んできた。 「下着~」 薄闇の向こうから、ポーンと上下が飛んできた。 「着せて~」 「…………………」 今度は何も反応がなかった。 渋々ルイズは自分でそれらを身につけた。 もう目は覚めていた。 「今日は授業があるわ。あんたにも同伴してもらうから」 DIOは無言でルイズに従った。 ルイズが使い魔と共に部屋を出るのとちょうど同じく、隣のドアが開いて、中から燃えるような赤い髪をしたキュルケが出てきた。 メロンみたいなバストが艶めかしく、身長、肌の色、雰囲気……、全てがルイズと対照的だった。。 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。 「おはよう。ルイズ、もう大丈夫みたいね」 とりあえずは契約に協力してくれた恩人なのだが、ルイズは嫌そうに挨拶を返した。 「おはよ、キュルケ」 挨拶もそこそこに、キュルケはその隣にいる男に鋭い視線を向けた。 「で、これがあなたの使い魔ってわけね」 「そうよ」 「まぁ、契約したあとは、ご主人様と使い魔の間の問題だから、 口出しはしないわ。 でも、サモン・サーヴァントで化け物喚んじゃうなんて、あな たらしいわ。さすが『ゼロ』。 クラスはあんたの噂で持ちきりよ~?」 ルイズの白い頬に、さっと朱がさした。 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね~。 フレイムー」 キュルケの呼び声に応じて、彼女の部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。 廊下の気温がグッとあがった気がする。 それを見たDIOは、実に興味深いといった風に、そのトカゲ…サラマンダーに視線を向けた。 サラマンダーがビクリと震えて、己の主を守ろうとキュルケの前に進み出た。 「平気よ。あたしが命令しない限り、襲ったりしないわ」 しかしサラマンダーは、牙を剥き出しにしてDIOを威嚇している。 今にも炎を口から吐き出しそうだ。 しげしげとサラマンダーを観察しながら、DIOが聞いた。 「こんな生き物が、この世界には当たり前のように存在してるの か」 「えぇ、そうよ。でも、そのセリフ、そっくりあなたに返してあ げるわ。 あんた、何者?」 「…………DIO、だ」 サラマンダーに目を向けたまま、名乗った。 「へぇ、ディオね。名前だけはマトモね」 そこにルイズが割り込んできた。 「DIOよ。ディオじゃなくて、DIO」 「はぁ?どう違うのよ?」 「私に聞かないでよ。あいつがそう言ってしつこいから、先に言 っておいただけよ」 「ふぅ~ん。ま、どうでもいいけど。 じゃあ、お先に失礼」 炎のような赤髪をかきあげ、キュルケは去っていった。 フレイムはこちらに視線を向けたままジリジリと後ずさり、やがて振り返って自分の主を追った。 キュルケがいなくなると、ルイズは拳を握り締めた。 「キーっ!なんなのよあの女!自分が火竜山脈のサラマンダーを 召喚したからって! ……あぁ、もう!」 「何か問題でも?」 「おおアリよ! メイジの実力を計るには、使い魔を見ろって言 われているぐらいよ! なんであのツェルプストーがサラマンダーで、わたしがあんた なのよ! 化け物? わたし化け物なの? 冗談じゃないわ!」 「……もし、本当に使い魔がメイジの写し身なのだとしたら…… ふん、君が私を喚んだとしても不思議ではないね」 思わぬ返答だった。 「どういうことよ。やっぱり私が化け物だって言いたいの? 朝食抜くわよ?」 「…………………」 トリステイン魔法学院の食堂『アルヴィーズ』。 3つのやたらと長いテーブルが並んでおり、百人は優に座れそうだ。 ルイズたち二年生は真ん中のテーブルらしかった。 一階の上に、ロフトの中階があった。 教師たちはそこで食べるようだ。 その中に、コルベールの姿を窺うことは出来なかった。 まだ回復していないらしい。 自分の未熟のせいでケガをしたコルベールを思うと、ルイズの胸は痛んだ 。 ルイズは気を取り直すと、得意気に指を立てて説明にはいった。 「トリステイン魔法学院では、魔法だけでなく、貴族たるべき教 育を存分に受けるの。 だから食堂も、貴族の食卓にふさわし云々……」 ペラペラとまくしたてるルイズだが、DIOは全く聞いていなかった。 サッサと席について、その豪華な食事にありついていた。 突然現れて、勝手に席についた大男に、生徒は眉をひそめたが、男の発する『自分はここにいて当たり前』オーラのせいで口出しが出来ないでいた。 そしてその作法は完璧だった。 誰も、目の前に座っている男が、三日前に見た死体だとは露とも思わなかった。 それに気づかず話し続けるルイズの話はとうとうクライマックスを迎えたようだ。 サッパリした顔をして振り返ったが、そこにはもちろん誰もいなかった。 慌ててテーブルに目をやると、DIOは既に食事を終えていた。 「んな、ななななな、何してるのよ!?」 ドカドカとクラスメイトにぶつかりながら、DIOに詰め寄る。 「食事を終わらせた。外で待っているよ、『マスター』」 去り際の、"まぁまぁだ"というDIOのセリフが、癪に障った。 自分に逆らったらどうなるか、朝食で教えてやろうと思っていた目論見は御破算になり、ルイズはプルプルと震えながらDIOの背中を見送った。 to be continued…… 18へ